ライアンが空の旅から緊急会議に向かう、その頃、北海を潜航中のダラスは艦の前方に超タイフーン級の大型ソ連原潜の存在を捕捉。
それは、これまでに識別されたことのない艦でした。ダラスとしては、この未知の潜水艦を「タイフーン級第7番艦」としてコード登録しました。
正体不明のこの巨大原潜を追跡することになったのは、ソナー員のジョーンズ。
ジョーンズは、飛びぬけて優秀な科学者にして天才的(そしてマニアック)な音響工学のエンジニアです。
かつて、彼はアメリカ海軍太平洋艦隊の通信電波をハイジャックして、太平洋に浮かぶ全艦船のスピーカーからパガニーニのヴァイオリンコンチェルトを響かせるというイタズラをしたことがあるとか。
サンディエゴの駆逐艦でも、真珠湾の空母でも、あの、超絶技巧による目まぐるしい音階の移動と音域の広さが特徴の曲が響いたといいます。
さて、ジョーンズは、潜水艦に装備されたSAPS(水中音響解析システム)を駆使して、ソ連の潜水艦の動きを、まるで有視界の地上で飛ぶ鳥を追いかけるように解析していきます。
SAPSは今では、何千キロメートルもの彼方から響いてくる、鯨類などの海洋生物の鳴き声を分析するときにも利用されています。
けれども、もともとは海洋底の火山活動・地殻変動を解析するために開発されたプログラムが土台になっているとか。
ゆえに、正体不明の低振動音は、ほとんどが海底マグマの運動が音源という判定になってしまうようです。
ところで、蛇足ながら、音波(のもとになる媒体の振動)は、密度の低い大気中に比べて、水中とりわけ海中では何十倍も速く、正確に伝わります。
つまり、媒体の密度が大気中よりもはるかに大きいので、波動エネルギーの減衰度合いがきわめて小さい状態で伝達するわけです。
だから、すぐれたソナーは、数万キロメートルも彼方の鯨の声を感知・識別することができるのです。
さて、レッドオクトーバーの内部では、艦長マルコフ・ラミウスは、今後の活動の邪魔になる政治士官を事故死に見せかけて排除(殺害)しました。
政治士官は、軍情報部GRUが軍の作戦単位ごとに派遣する情報将校で、共産党の政治的指導ならびにアジテイション機能をも担っています。
ラミウスはリトゥアニア人です。先頃、愛妻を亡くして、子どももないことから、ソ連国家への反逆を試みたところで、失うものは何もないのです。
おそらく、亡命を決意するにいたったいくつもの理由のなかに、革命後のソ連に侵略されてこの連邦に統合された民族としての思いもあったことでしょう。
亡命決意の直接の原因になったのは、この先制攻撃型ステルス原潜の設計・建造です。
原作の著者クランシーの状況設定では、当時のチェルニェンコ政権は、深まる国家の政治的・財政的危機のなかで「いちかばちか」の軍事的冒険に打って出るため、この原潜を開発したということになっています。