ヨーロッパで始まった近代国民国家の歴史(300年間)のなかで、「冷戦時代」はきわめて特殊な構造をもっています。
1945年以降、主戦場となった西ヨーロッパの諸国家と日本は疲弊荒廃して、アメリカの最優位のもとで1つの、恒常的に統合された軍事ブロックに組織化されました。
それまで、それらの諸国家は、独立の軍事単位として、世界での覇権や優位を獲得しようと、移ろいやすい同盟関係を取り結びながら、相互に対抗・競争してきました。
近代国民国家というものが形成され始めてから数百年間、列強諸国家はそれぞれ自立的な軍事単位として、おのれの利害・優位のために動いてきたのです。
ところが、冷戦構造のもとでは、アメリカを除いて、どの列強国家も軍事単位としての独立性を維持し、主張することができなくなりました。
戦後、先進諸国家のなかで、単独の判断と力で大きな戦争を実行できたのは、アメリカだけです。
冷戦時代とは、アメリカという《ヘゲモニー国家》以外は、世界のなかで(実質的にはもちろん名目上でさえ)軍事的・政治的独立性を失ってしまった時代なのです。
まさにパクス・アメリカーナ、つまり、アメリカの力によって、アメリカのために維持された平和というわけです。
もとよりそれは、冷戦という構造が、第2次世界戦争の直後にできあがったからという事情もあります。
世界戦争では、アメリカ以外の列強諸国家、ヨーロッパと日本という地域が主戦場となり破壊されました。そのため、生産や金融、軍事のインフラストラクチャーが大きく損壊してしまったので、アメリカの力の優越は圧倒的になりました。
それゆえ、それら諸国家の再建・復興には、アメリカの支援(つまりその影響力=権力の受け入れ)がなければ不可能になったのです。
とはいうものの、ソ連の脅威が外圧となって、先進工業諸国のアメリカの支配下での西側諸国家の結束をより強めるはたらきをしたのは確かです。
見かけ上の「2つの超大国」の存在が、戦争の荒廃から立ち直りつつあった諸国の選択肢をいちじるしく狭くし、アメリカへの依存=従属しか経済発展や国際化への現実的な途はないかのような状況を生み出してしまったのです。
しかし、ソ連東欧が自滅してしまった事実を見るとき、世界経済=世界分業の体系においては、アメリカの最優位が貫徹し、ソ連東欧は上辺だけの局地的な抵抗というか反乱でしかなかったという事態の本質が見えてきます。
植民地状態や従属から政治的独立を目指したアジア、アフリカ、ラテンアメリカの諸国民・諸国家の運動は、冷戦構造のなかで異様なバイアスを受けて歪んでしまいました。