現代フランス人であるピエールやカミユ、エルザたちにとっては、「旅は快適さを求めるもの」という固定観念が染みついているようです。つまりは日常性の継続を求めているということになるようです。
便利な交通手段やホテルに予約を入れて、無駄な時間なく、行きたいところに行って、見たいものを楽しむ、と。
荷物を別便で送れば、快適さや便利さを求めて、いくらでも荷物を持っていけるのです。
してみれば、本来、巡礼旅にとっては、快適さや便利さとは、重すぎる荷物と同様に余計なものなのかもしれません。
バックパッカーの旅人が近年増加したのは、人類本来の「生きる力」を取り戻そうという生物の本能が目覚めたのかもしれませんね。
ところが、サンジャックへの巡礼旅には、自分の足以外に運搬手段はありません。トゥアーコースとしては、まともなホテルや店がないような辺鄙な田舎道がほとんどで、楽しようと思っても、ホテルの部屋を予約して確保することもできないのです。車が通れないような狭くて細い山間や林間の細道ばかりなのです。
1日の行程はおよそ40キロメートルですが、急峻な坂もあれば、嵐にも出会うこともある旅です。
その日に歩くだけ歩いて、何とか巡礼者に宿を貸してくれる集落や修道院まで行きつくしかない。そうでなければ野営、野宿ということになります。
ところで、フランスからエスパーニャにいたる巡礼道は、日本の北海道の北端よりもさらに北に位置する緯度です。緯度が高いから、夏の日暮れは遅いのです。午後9時ごろまで明るいのです。夜明けも早く午前2〜3時ごろには訪れます。
午後6時から、なんとかあと3時間余計に歩けば、隣の村に行きつく場合もあるわけです。
けれども、宿を貸してくれる民家や寺院に行きついても、先に到着した人びとで満員ならば、ほかを当たるしかないということになります。
宿がとれても、ほかにベッドが空いていなければ、男性が女性向けの部屋で彼女らに交じって眠るしかありません。それでも、野宿よりははるかにまし。
足取り重いピエールは、それで一度ひどい目にあいました。