第3節 ヨーロッパの都市形成と領主制

この節の目次

1 都市成長過程の地域的「個性」

2 ヨーロッパ中世都市の成長

中世都市とローマの遺制

ローマ教会と都市形成

@ ドイツ諸都市の出現

A 司教座都市の成長

B 遠距離商人の台頭

3 都市の権力構造の転換

コミューン運動と都市統治

4 自立的統治団体としての都市

都市建設と植民

5 東方植民と都市商人

3 都市の権力構造の転換

  遠距離交易網の発達のなかで主要都市の構造と機能は変化し、近隣地域に対する統治や宗教的権威の中心から――それに加えて――広域的な商品流通と貨幣循環(金融)を組織化する中心になった。内部の権力構造も変化した。単純化していえば、領主制支配から商業貴族 Patriziat の寡頭支配への転換があった。
  しかし上層商人の都市支配が確立するためには、都市の権力装置、すなわち都市の代表機関、軍事力、財政機関などが、彼らの最優位を保証するようなものに組み換えられなければならない。この転換の過程を見てみよう。

  都市領主から任命された代官・家令――領主の従者=騎士身分 Ministerialen ――は、当初はたとえばヴォルムスやケルンなどでは、都市領主に(不自由人として)身分的に従属する忠実な家臣だったが、もはや12世紀になると、より魅力的な報酬あるいは地位・名誉などによって遠距離貿易を営む上層市民の利害関係にどんどん引き込まれ、13世紀にはこれら有力市民と身分的に融合・同化してしまう。

  司教座都市や修道院都市では、不自由身分としての家人 ministerialen や教会庇護民、体僕民、農村からの移住者などが聖界都市領主に臣従して修道院や教会の保護と監督を受けながら――つまり託身しながら――流通税の免税特権を得て、僧たちの日常的消費をまかなう商業活動に従事した。都市内に土地を保有している場合も多かった。アミアン、トゥリーア、ヴォルムス、リエージュなどでは、ミニステリアーレン家系のなかから都市行政を担う領主役人=代官となったり造幣役になったりしながら、特権を利用して商人として活動する人びとが輩出したという〔cf. 瀬原〕

  ミニステリアーレンのなかには自ら遠距離交易――両替商、つまり貨幣交換や鋳貨製造など遠距離商業の1部門としての商業金融――を営む者も現れた。他方で商人の側でも、蓄えた富によって領地を購入して土地所有貴族に転化しながら、元来は領主に服属していた騎士層を吸収してしまった。そして、都市と農村の大土地所有者へと上昇する。こうして2つの階級は都市貴族に融合してしまった。
  それは、巨大な資産を獲得できたがゆえの身分的上昇であった。当時は商業とりわけ遠距離交易だけ――キリスト教徒は戒律で金融業は表向き禁止されていたから――が短期間に巨額の富の蓄積を可能にしたため、彼らだけが富と権力への接近を許されたのであった〔cf. Rörig〕
  土地資産の所有は、上層市民の家門にとって、商業での地位の後退あるいは損失に対する安全保障ともなった。だが、一族の手に集積された豊富な土地から定期的にあがる収入は――リスクを冒す遠距離交易に比べて――金利生活への誘惑となり、商人の仕事を放棄させ、有閑の名望家層を生み出すことになった。

  それにしても、都市の上層市民階層 Bürgertum は全体として非常に強く結束していた。ただし、その人的構成は変化した。つまり家業に疲弊し貧困化し脱落した者が消え去り、経済的成功を収めた成り上がり者がその団体に加入することが、14世紀になってもまだ容易だった。こうして指導的身分集団としての活力を再生産していったのだ。
  彼らは、都市領主からも、都市の下層民とくに手工業者たちからも、都市と市民の権利獲得・上昇運動での活発な指導者であると見られていた〔cf. Rörig〕
  こうして並外れて富裕な階層が都市住民のなかに台頭したことは、都市内部と周域の政治的権力関係の変移としても現れざるをえなかった。自らの経済的権力を意識しそれを法的地位の上昇に利用しようとする上層市民と、引き続いて支配しようともくろむ都市領主とは対立し、この緊張関係は都市の権力構造の変動へとつながっていった。
  都市の内部あるいは周辺の有力者は、都市=市民団体との関係を組み直す必要に迫られた。フランデルン地方でのように、領主諸侯が自立化を志向する都市の住民団体の要求に沿って行動するかぎりは、都市を自らの権力の最も強固な支持基盤として確保できた。
  しかし、多くの場合、とりわけ司教が都市領主 Stadtfürsten である場合には、領主と富裕市民層との利害は衝突し、絶えず紛争が繰り返された。こうして、自治権を求める上層市民と領主権力との長期にわたる抗争が開始された。それは、ついに14世紀に、ライン河畔の大多数の都市で市民の自治獲得運動の勝利に帰結した〔cf. Rörig〕

  市民団体の頂点に君臨した遠距離商人は、名望家として指導的役割を演じるようになった。そして、都市領主から行政的任務を託された代官たち Ministerialen を引きつけ、しだいに自らの階層に取り込み、その主君から離反させた。そして、都市経済の実際的知識と豊富な財力によって、上層市民はしだいに都市領主の権限範囲を侵食していった。
  まずは市場・商業区の秩序の管理権および穀物配給やパンなどの食糧生産または供給の統制権が、次に営業全体の監督権、度量衡の規制権、主要な市場建造物の所有などの諸権限が、都市領主から上層市民・都市団体の手中へと移行した。さらに都市領主の貨幣鋳造権にも、商人が介入し始め、ついに13世紀にはライン河畔地帯の一連の司教たちは、貨幣鋳造権の都市団体との共同管理を承認せざるをえなくなったという〔cf. Rörig〕
  富裕市民の介入は、商業と特別な利害関係にある関税高権 Zollhoheit にもおよんだ。それは都市領主がもつ市域支配にもとづく主権 Hoheit であった。都市では、直接税・財産税の徴収は市民機関の仕事になった。ついに13世紀には、都市はいわゆる消費税 Ungeld という形態の間接税を設け、都市領主の租税権の中核を突き崩してしまった〔cf. Rörig〕
  商品流通への課税は、商業会計を理解・操作できる商人たちしか対処できなかった。君侯や領主に対して都市団体は、その(特権と引き換えの)諸税の総額を見積もって一括して事前に支払い、実際の課税計算と徴税は――入札で権利を買い取った――特定の商人が行なうようになった。
  やがて軍事高権 Kriegshoheit や裁判高権 Gerichtshoheit のような都市統治にとって最も中核的な諸高権でさえも、しだいに都市領主層の手から離れていった。都市団体は市壁の管理・修復の実務を担っていたが、やがてその所有権と建造権も掌握してしまった。戦時における武装命令や市民の戦役への軍事的動員、さらに傭兵を使った軍備の強化もまた、13世紀にはすでに大都市の自明の権利となっていた。
  初期には都市内の市場に対してだけおよんでいた市民団体による行政権と商事裁判権は、まもなく都市の全領域に拡大して財産法事件にまでおよび、さらに刑事裁判権、流血裁判権さえも包括することになった。こうして領主層は都市統治権限を失っていった。
  このようにして、財政、行政、軍事、裁判に関する権限は、法人格を持つ都市統治団体 Stadtkörperschaft に吸収されていった。そしてついに、総体としての都市行政の諸権限を統一的な市民機関、つまり参事会 Stadtrat が統括・管理するようになった。それは、都市統治に関する独自の権限をもつ団体であって、特権的な有力商人家系だけが参加できる代表機関だった。こうして、遠距離商業を営む有力商人層は都市全体を統治する支配階級として、強固な法的制度を獲得したのだ。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章−1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章−2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章−3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章−4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望