第3節 ヨーロッパの都市形成と領主制

この節の目次

1 都市成長過程の地域的「個性」

2 ヨーロッパ中世都市の成長

中世都市とローマの遺制

ローマ教会と都市形成

ⅰ ドイツ諸都市の出現

ⅱ 司教座都市の成長

ⅲ 遠距離商人の台頭

3 都市の権力構造の転換

コミューン運動と都市統治

4 自立的統治団体としての都市

都市建設と植民

5 東方植民と都市商人

都市建設と植民
  12~13世紀、ゲルマニアの君侯領主たちは競って都市創設に励んだ。
  南西部ではツェーリンゲン家――ブライスガウ伯でのちにバーデン公になる――は豊かな家産収入をフライブルク、フィリンゲン、オッフェンブルク、ベルンなどの建設に振り向けたという。
  他方、北部ではヴェルフ家のハインリッヒ獅子公がリューベック、ブラウンシュヴァイク、シュベーリン、リューネブルク、ハーゲンを建設し、東方植民の拠点にした。また、アードルフ・フォン・シャウエンブルク伯は1233年にバルト海沿岸でキールの建設を開始し、ベルク伯は1288年にライン河畔でデュッセルドルフ、バンベルク司教は同じ頃ケルンテン(今日のオーストリア)のフィラッハの建設に着手した。ドイツ騎士団は、13世紀からオストプロイセン、ポンメルン地方で植民活動を指揮し、クルム、トルン、ケーニヒスベルクなどの都市を建設した。
  領主たちは好ましい条件を提示して植民者を募った。たとえば1120年のフライブルク市文書では、次のような条件が示されたという。
①市は、市場や市域内では犯罪の抑止や被害補償など、平和の保証と保護を与える
②市民の死後にその妻子による遺産相続権を認める
③商人には流通税や市場開設に関して税を免除する
④代官や司祭の選出権を市民に与える
⑤市民どうしの争議では商人の慣習法による裁定をおこなう
⑥領主から申し立てを受けることなく1年以上市内に住み続けた隷農は自由になる

  領主からすると、当面経済的利益はないから、おそらく領地拡大の戦略的発想から有利な地点に都市集落=所領を獲得しようとするものだったのだろう。統治や開拓のために戦略的に都合のよい場所に都市が建設されたようだ。
  建設された市域の面積はせいぜい数百人から2000人という程度の人口規模に応じて小さくて、10~20ヘクタールが多かったようだ。しかし、同じ時代に大都市アウクスブルクは187ヘクタール、ハンブルクは106ヘクタール、フランクフルトは120ヘクタール、ネルトリンゲンは9ヘクタールだったという推計値が出されている。

東方植民と都市商人

  地中海方面で世界市場が形成され始めていた頃、北海=バルト海(北西ヨーロッパ)方面でも広大な交易圏が生まれようとしていた。西ヨーロッパと東ヨーロッパとが結びつけられようとしていたのだ。
  それは、北海=バルト海沿岸や東欧への植民と都市建設が進み、ハンザ(都市同盟)という独特の商業資本の集合的権力が成長し、ヨーロッパ北部の通商でのヘゲモニーを打ち立てていく過程と重なり合っていた。その過程の考察は、このあとの節でおこなうことにして、ここでは都市建設、都市形成の歴史を遠距離貿易圏の形成と関連づけて概観しておきたい。

  神聖ローマ帝国ザクセン王朝は東部辺境、すなわちエルベ河からオーデル河におよぶ地域にマルク Mark (辺境領)を創設し、布教と勢力拡張の拠点として10世紀後半にマクデブルク大司教座を創設した。やがてマクデブルクでも聖界領主から都市が自立し、有力商人層の権力構造が形成された。都市の自治特権は、マクデブルク法として領主から承認された。
  このような西ヨーロッパからの植民のインパクトを受けて、先住の西スラブ諸部族は勢力争いをつうじて統合へと動き始めた。こうして、のちにポーランド、ボヘミア(ベーメン)、ハンガリーとなる文化圏が姿を見せ始めた。
  13世紀には、モンゴル諸族の東ヨーロッパ・バルカン半島への侵入――騎馬団による襲撃――が起き、これに反応してローマ教皇が十字軍遠征を呼びかけたが、十字軍は実現しなかった。だが、モンゴルへの外交使節の派遣などによって伝わった東ヨーロッパについての情報が、この地域について、ことに西ヨーロッパ諸都市の遍歴商人たち(商業資本)の関心を呼ぶことになった。
  12、13世紀以降に活発化する東部への植民運動は、ヨーロッパの商品経済の発達という文脈に結びつけて考察すべきだろう。というのは、比較的大規模な植民は、それが農村の建設であれ都市の建設であれ、初期段階での補給線の確保や情報の伝達という点において有力な都市または商業資本の財政力、組織力、輸送力が不可欠であろうからだ。そして、東ヨーロッパの北西ヨーロッパ貿易圏への統合は、やはりバルト海地域でのハンザ諸都市の建設とハンザ商人の勢力拡張あるいはドイツ諸都市の東方への進出と直接に結びついていた。
  東部植民の結果できあがった都市、たとえばベルリン、ブレスラウ、ライプツィヒ、ドゥレスデン、ダンツィヒなどは、社会関係の真空地帯に建設されたのではない。少なくともある勢力にとっては、既存の支配や影響力の外延的拡張を意味したはずであり、その権益の拡張になると思えばこそ、資金と資源を投入したはずである。旧来の諸都市は、東欧諸地域の開発によって与えられた――農地開拓や農村集落・都市の建設、新たな特産物(獣皮・毛皮、木材、鉄鉱など)との出会い――状況をかつてない規模で利用することができた。
  たとえば新開のフライブルク・イム・ブライスガウでは商人グループがはじめから官職を手に入れて、新都市建設を指導し、巨大な利益と権益を手中にした。このように、東ヨーロッパでの新都市建設では、はじめから特定の上層市民が指導した。彼らの有力商人としての権利や名声、市内の土地所有での特権的地位によって、最終的には都市法制と行政の分野で占めた優位によって、一般住民大衆をはるかに上回る影響力を獲得し行使した〔cf. Rörig〕
  レーゲンスブルクやヴィーンの建設でも、その原因となった契機は、これまたケルンの遠距離商人たちの欲求であった、とレーリッヒはいう。はるかに離れたキーエフへの遠征旅行の途中に確固とした1つの基地をもちたいと望んだのだ〔cf. Rörig〕
  開拓農民の村落に支配権を行使することになる領主たちの所領経営や統治権力 Hoheitsrecht / Regalien ――彼らが農民から収取した剰余農産物の販売や権威を飾るための奢侈品や武具などの購入――もまた、このような商人層の権力や交易組織に依存することになった。
  ところで、流通空間の拡大は、そこに流れ込む商品の増大に見合った貴金属貨幣の供給を必要とした。商業の膨張は、貴金属供給を担う鉱業の成長を引き連れて進む。ザクセンのフライブルクやベーメン、ハンガリーには、鉱山・鉱業――金銀銅などのを採取精製事業――を営む諸都市が建設された。これらの鉱山都市は、貴金属の供給地として、やはり交易路をつうじて西ヨーロッパの交易圏域に結びつけられた。
  遠距離商業を営む富裕市民層 Bürgertum の主導権による東欧での都市建設は、新たな都市統治体制の急速で円滑な発展にこの上ない土壌を提供した。そこには都市領主としての司教がいなかったので、統治権力や商業権益をめぐって都市領主と争う必要もなかった。こうして13世紀はじめには、新都市建設を推進した企業家的市民層の家系が市参事会の議席と行政官職を独占することになった。フライブルクやリューベックでは都市統治装置としての参事会がさしたる闘争もなく形成されたという。
  統治組織は、植民で生まれた新開地の方が、古い組織形態の残滓という重荷をもつ母国よりも速くつくりあげられるのだ。チェス盤のように整然と区画された街並みや道路が計画的に建設された。都市の街並みや景観は、空間的=視覚的に都市の権力秩序を表現し、住民の意識や行動スタイルを方向づける容器=装置でもあったのだ。新開都市では、参事会の手中に統治のための権限がまとめあげられるのも早かった。たとえばリューベックの参事会は、すでに13世紀前葉には、いつでも貨幣を検査する権利をもち、全面的に自由な貨幣鋳造権を獲得していたという〔cf. Rörig〕

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望