第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第3節 ヨーロッパの都市形成と領主制
この節の目次
ラインラントやヴェストファーレン地方の諸都市の多くは、当初、大司教や司教、修道院長など上級聖職者層の領主権力によって建設され、そこでの軍事的行動や経済生活も彼らの権限によって直接に組織されていた。
修道院や聖堂・礼拝所などが建設されると、その周囲には集落ができあがった。領主としての聖職者たちは、まずはじめに所領での農地経営と農村支配の体制をつくりだし、次いで、蓄えた富をもとに自らと従者たちの消費財を生産・供給する手工業者や小売商人を集めたのだ。都市集落には、上級聖職者層の衣食住、奢侈欲求ないしは権威のための消費需要をまかなう手工業者や小商人の一群が居住することになった。彼らの社会生活と労働は、はじめのうちは、領主として都市を支配する聖職者と従者たちによって統制されていた。
フリッツ・レーリッヒによれば、ライン河沿いおよび中部ヨーロッパの多くの都市は聖界領主権力の支配と庇護のもとで成立したという。ライン河沿いのローマ都市の遺構や廃墟で都市生活が再生したさいにも、また旧ローマ帝国の辺境ドイツ地域で9〜10世紀に都市生活が始まったときにも、大司教や司教はまず Grundherr (土地領主)として、次いで Stadtherr (都市領主)として、形成されていく都市集落の生活に大きな影響力をおよぼした。
都市領主は側近の聖職者や従者(騎士も含む)たちともに、まだ小さな都市集落の手工業にとって不可欠な消費集団をなしていた。彼らの絶えざる需要によってはじめて商品交換や市場を目当てにした労働が成り立ったのだ。そして、都市住民ための食糧や宗教組織経営のためにあてられる経済的剰余は、なによりもまずその豊かな所領の農業生産に依拠していた。
やがて都市の新たな居住地域の住民団体には、法観念上、都市領主の特許状によって、徴税や商業活動の自己規制など、統治をめぐる諸特権が付与された。それは、いうまでもなく司教=領主の財政収入の確保と都市支配のためであって、住民共同体のためではなかった〔cf. Rörig〕。
けれども、各地で生産される余剰生産物の量が増大していくとともに、都市集落で市が定期的に開かれるようになった。こうした市を商品を携えて巡回する遍歴商人が現れ、やがて、そのなかから遠隔地の定期市での交易を大規模かつ組織的におこなう有力商人が出現した。彼らのなかには、利潤を極大化するために、ことさらに聖俗都市領主層の奢侈欲求をターゲットにして奢侈品を取り扱う者も現れた。あるいは、都市住人の食糧とか手工業職人の生産のための原材料の供給や特産物の販売を取り仕切るようになった。
ただし、この時代にはこのような商業活動は、支配者・統治者から特別に与えられる特権=恩顧によるものだった。都市領主層の側でも、商人に取引きの自由特権を与えるのと引き換えに、相当の額の税や賦課金を徴収したであろう。
そうなると、都市住民が手工業者や小商人の集団だけであって、彼らが従順に都市領主の権威に従属するという状況は長く続かなかった。10世紀後半頃までには、このごく小さな――人口がせいぜい数百人程度の――都市集落への新たな集団、つまり遠距離商人の定住が始まった。あるいは、従来の市街に隣接した商人定住区が市域に統合され、商人たちが市民となった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章−1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章−2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成