補章―3 ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初期
この章の目次
ヨーロッパ大陸全域、とりわけフランク王国の秩序はどうだったろうか。この時代の大陸ヨーロッパの地政学的環境を一瞥してみよう。
ピレネー山脈からライン河にいたる地域にブルグントを加えた地域、つまり西ヨーロッパでは、8世紀にはフランク諸部族の連合王国ともいうべき秩序が成立していた。メローヴィング家が族長連合の盟主となり、統治の実務と軍務を担ったカローリング家がフランク各地の有力者たちに大きな影響力をおよぼしていたという。
8世紀後半から9世紀初頭にかけて、カローリング家のシャルル(シャルルマーニュまたはカール大帝)が大がかりな遠征をおこなって、ローマ以北のイタリアとバイエルン、オストマルク、ボヘミア西部からエルベ河流域にまでフランク王国の名目上の版図を広げた。とはいうものの、より実際的な統治のために広大な王国を300以上にものぼる伯領(管区)に分割した。これらの統治管区には、有力家臣や現地の部族長を王の代理=伯として派遣・任命した。
だが、やがてフランク王国は、数次にわたる離合集散を経て、いくつかの王国や侯国(フランク王国から自立した公領や伯領)に分裂していった。そのなかで旧王国の東半分とイタリア半島は「ローマ帝国」=ドイツ王国という独特の法観念によってきわめてゆるやかにまとめられ、独特の分散的な秩序がつくられていった。このほか、のちの領域国家形成をめぐって有意な地位をもつ政治体としては、ノルマンディ公領、ブルグント公領(ブルゴーニュ:名目上は神聖ローマ帝国に属す)がある。
13世紀までヨーロッパのほとんどは自然林で、そのほかは草原、荒蕪地におおわれていた。人類社会は、森林地帯に小さな楔のように割り込んだ、小規模な局地圏として散在していたにすぎない。かつてローマが支配した地中海沿岸(イタリアからヒスパニアまで)や河川の流域には、いくつか比較的大規模な都市集落が存在した。だが、そのほかのほとんどの地域では建設されたばかり城砦や聖堂、修道院などに隣接する集落、原生林の片隅に生まれたばかりの農民村落などの新開地が点在していたにすぎない。
ゆえに、「王国」の実態は、各地方に分散している部族長などの有力者・豪族たちをフランク諸族の連合王権に名目上帰属させただけの制度にすぎなかった。もちろんその背景には、フランク王族の騎士軍団の軍事力としての圧倒的優越があり、それが各地方の有力者たちの行動と意識を強く制約していたということがあった。
ここで目配りしておくべきなのは、フランク王国でのローマ教会の存在だ。シャルルマーニュのローマでの戴冠・帝位登壇は、8世紀半ばから始まったカローリング王朝とローマ教会および教皇――ランゴバルドの諸侯国やビザンツ皇帝から圧迫を受けていた――との相互補完関係=強い結びつきの表現にほかならない。
ローマ教会はすでに7世紀からヨーロッパの主要な諸都市集落に司教座を再建・創設していった。それとともに、各地で聖堂や修道院の建設が進められた。とりわけ先進的な修道院僧や修道士たちは伝道のためにあらゆる農村集落や都市集落を訪れて農法や都市建設を指導し、あるいは辺境での開拓や農地開拓を指導していた。すでに主要な教会や修道院は人員の配置・往来――それには情報や財貨のやり取りもともなっていた――をつうじて、ヨーロッパ各地にゆるやかなネットワークを張りめぐらし、布教や行政や開拓・生産活動の指導などによって人びとの生活に強い影響力をおよぼしていた。
ローマ教会は、思想や教義の上でも汎ヨーロッパ的な普遍的権威の構築をめざしていた。教会組織や各地の宗教施設は、権威の発信拠点ならびに行政の担い手として、村落や都市の人びとに規範や規律(神や普遍なる者への服従)を教導しようとしていた。
そして、その動きを王国統治秩序に結びつけようとしたのであろうか、実効的な統治組織を持たないカローリング家は、教皇にラヴェンナをはじめとする中部イタリアの所領を寄進し、教会と教皇に政治的・軍事的庇護を与えた。他方で、教皇は王権を祝福し、帝位を推戴し、カローリング王朝に俗界の統治者としての権威を与えた。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望