ウェイルズの田舎町でこの物語が進行する1917年には、ヨーロッパ大陸ではまだ第1次世界戦争が続いていた。この年、たまたまブリテン連合王国陸軍はウェイルズに測量部のスタッフ2名を送り込んだ。
その2人とは、ジョージ・ガラード(肥満の将校)とレジナルド・アンスン(長身のハンサムな若い将校:ヒュー・グラント)である。
ところで、20世紀になってしまうと、高山が少ないスコットランドを除いたブリテン連合王国内のすべての山岳はすでに何度も測量がおこなわれているので、もはやさしたる大きな仕事は残されていない。してみれば、国内での測量部のフィールドワークは、組織内でも閑職となり、エリートコースから外されていただろう。
しかも戦争中となれば、前線任務からも後方支援からも外された仕事でしかない。測量という任務はいまや「格落ち」の仕事である。
そのとおり、地形測量は第一線から外された人員の仕事なのだ。ガラードはいまではすっかり覇気を失った陰気な士官で、以前、配下の兵士たちがアルコールに逃げてしまい使い物にならなくなったために、戦列から外されて、山岳測量の業務に回されたのだ。
もう独りの同僚アンスンはフランス戦線に配置されていたが、あまりに悲惨な戦場の状況に心を挫かれてしまい――PTSD――になり、心的障害によって前線の任務から離脱せざるをえなくなった。療養後、本国の測量部に配置転換されたのだ。
だが、2人とも、もともとは家柄がよいとか、頭脳明晰とかの理由でエリートコースに乗ってきた人生なので、士官の地位をそのまま認められていた。幅広く深い知識が必要な測量は、窓際に寄せられた元エリートには似つかわしい仕事なのだろう。
そのことは、2人が話すイングリッシュが「クイーンズ・イングリッシュ」であることから、明白にわかるだろう。独特のイントウネイション、抑揚、アーティキュレイションで。
あのブレア首相やエリザベス女王が話す、鼻にかかったような響きで弾むような抑揚・アーティキュレイションのイングリッシュで、日本人が聞き慣れている平板なアメリカの「下世話な英語」とは響きが違う。嫌味で気障でもある。
「ぼくはパブリックスクールを出て、ケンブリッジやオクスフォード、LSEとかで学びました」とか、「ウェストミンスターやシティの仕事をしています」というネイムプレイトをかけているかのように、発する言葉簿響きが出身階級や家柄を如実に示すのがブリテンの国柄なのだ。