ところが、ヨーロッパを主戦場とする第1次世界戦争に投入された兵器や戦法は、19世紀末までにようやく前線での塹壕戦に対応させることができるようになったはずの兵員の訓練の成果や準備を容易に打ち砕いてしまった。
とりわけ遠方の大砲から撃ち込まれる長射程砲弾の嵐の破壊力、炸裂・爆発の衝撃と大音響、敵兵や同胞の死屍累々のありさまや飛び散る身体の破片の様子は、おそらく前線の兵士たちの精神を深く蝕んだだろう。
しかも、地面を掘り下げた塹壕は、雨が降れば周囲から水が流れ込んでぬかるみ水たまりができるから、兵士の運動を妨げるばかりか、水や湿気、冷気が彼らの健康を蝕んだ。皮膚病やロイマティス、神経痛、関節炎の原因となった。これらが戦場の恐怖や精神的苦痛や苦悩などの心的ストレスに加わるのだ。
前線から生還しても、心的外傷によって精神の平衡を失った兵員(ほとんどは若者)が続出するのは、不可避だった。戦線から後方に帰還した兵士の精神的療養はもとより、戦争が終結して平和が回復しても、復員した市民たちの精神的健康や安定を取り戻すことが、精神医学の緊急の課題となった。
戦間期から1950年代までにヨーロッパで精神医学や心理(精神病理)学が発達した主要原因の1つが、このような前線での経験による心的傷害の治療や恢復という社会的・政治的要請によるものだった。
この映画の主人公、レジナルド・アンスンは、前線の将校として悲惨な体験によって深く心的外傷を負い、後方の兵站業務からも外されて、平和が維持されたブリテン本土内での測量技師に配置転換されたわけだ。
もともとの性格に加えて、平穏を愛し、人びととの精神的交流を大事にする心性は、PTSDからの回復過程で強まっただろう。とにかく殺伐なことには嫌悪を抱くようになった。
ところが、前線での悲惨な経験によって精神の平衡を失った若者は、ウェイルズの集落のなかにもいた。町の人びとから「シェルショックト・ジョニー:砲弾恐怖症のジョニー(ジョウンズ)」と呼ばれる若者だった。彼は周囲の物音に過剰に反応してしまい、とりわけ大きな音声には恐慌をきたしてしまうのだった。
ここで「シェル shell 」とは「砲弾の弾頭」のことで、「シェルショックト shell-shocked 」とは「砲弾の爆発・爆風を浴びた経験がある」という意味。ジョニーという愛称で呼ばれるジョウンズは、戦場で間近に撃ち込まれた砲弾で吹き飛ばされて何とか生き延びたが、そのときの爆発音や爆風の恐怖に今でも怯えているのだ。
映画制作に関して時代背景や景観の再現についてとことんこだわるブリテン人気質が、この映画でもいかんなく発揮されている。その意味では、この作品は軍事史・戦史映画の要素も含んでいる。