アンスンが休憩しようと宿に入ると、若い美貌の女性がいた。モーガンは、都会から保養に来ているレイディ・エリザベスだと紹介した。レイディとは、本来は貴婦人を意味しているが、ここでは要するに「良家の娘」という意味。
モーガンとしては、イングランド人のエリートの2人と釣り合いの取れる身分の令嬢であることを強調したかったわけだ。
ベティは、片端から女性に手を出すモーガンに愛想を尽かしてこの町を後にし、カーディフで「堅気の仕事」に就こうとしていたのだが、モーガンから「町の危機を救うために手を貸してくれ」と懇願されて戻ってきた。もちろん、手助けはただではない。ベティは頭の回転が素早い、したたかな女性である。
そのベティは、長身でハンサム、エレガントなアンスンを一目で気に入ってしまった。そこで、彼に上等な酒をおごることにした。これも作戦のうちなのだが、ただし
「モーガンさん、酒代は私の勘定につけておいてね」と言い置いた。
モーガンは苦々しい顔をした。
けれども、アンスンの視線を感じて、すぐに「商売用」の笑顔になった。ベティは「上客」などではないから、彼女の勘定につけることはできない。つまり、モーガンが「自腹を切る」ことになるわけだ。
だが、ベティに「良家の令嬢」の振りをさせなければならないから、彼女の言い分を飲むしかないのだ。吝嗇のモーガンにとっては身を切るように辛い事態だが、仕方がない。
ところで、戦場で悲惨な体験をしたアンスンは、穏やかでのんびりした、ウェイルズの片田舎の雰囲気が気に入った。だから、町の住民をそれとなく見下しているかのような尊大な態度をとるガラードとは違って、アンスンの住民への態度はいたって丁寧で対等である。彼の心根の穏やかさとやさしさは手に取るようにわかりやすい。
そこに目を付けたモーガンたち住民は、アンスンにそれとなく「フュノンガルウの頂上を嵩上げする」作戦を匂わせて、同僚のガラードを町に引き留めるよう、それとなく頼み込んだ。
アンスンは快く引き受けた。
振る舞いが上品で人の気持ちを察する能力に長けている。こういう男は女性から評価が高い。ヒュー・グラントにはうってつけの役柄だ。そして、こういう好男子につけ込むモーガンはじめとする住民たち。
…で、ガラードが「自動車の部品はいつ来るのか」と尋ねると、アンスンは「明日の午前中にカーディフから荷が届くそうです」と適当に答えておいた。「だから、今日から明日の昼までは待ちましょう」と提案した。
それでも最初のうちガラードは、「鉄道で行こう」と言い出して駅まで出向いた。が、駅長にもモーガンの作戦が徹底されていた。
「今日のダイヤグラムでは、もう列車は来ませんよ。石炭運搬用の貨車なら運航していますが」というのが」駅長の答えだった。もちろん嘘だった。
こうして、根がものぐさのガラードは、仕方なく仕事を先に延ばして今日1日はベティ嬢の注ぐ美酒を楽しもうという気分になった。夜までには、ガラードはすっかりでき上がってしまった。そして、そのままガラードは寝込んでしまった。