これで、誘拐決行の場所と日が決まりました。
その翌日のお昼過ぎ頃、刀自(おばあちゃん)と紀美は杉林を抜けて、開けた尾根筋を歩いていました。
すると突然、サングラスとストッキングで顔を覆った3人組が行く手に立ちふさがり、逃げ道も閉ざしました。挟みうちです。
ボスらしい男が刀自に尋ねました。
「あんたは柳川家の刀自だすな」
「さいだす」
「俺らはあんたをさらいに来た。ねらいは身代金や」
「この私1人をさらいに来たんだすな。ほな、この子(紀美はん)は関係ないんだすな」
「そやかて、いっしょにおるもんを1人残すわけにもいかんやないか。それに、俺らの背格好を見取るしな」
「なりまへん!」と、すごい迫力で刀自は拒否する。3人は思わずひるむ、そのタイミングを衝いて刀自はたたみかけて説得を始めます。
思わず3人は身を乗り出します。
「私1人をさらう方がメリットがありまっせ。それに、1人さらうんと2人さらうんとでは、監視ひとつでも手間は倍やききまへんで……」
素直な3人はあっさり説得されてしまいますが、ボスは条件を出しました。
「わかった。その代わり、おばあちゃんは何でも俺らの言うことを素直に聞くというのが条件や」
こうして、誘拐の条件の手打ちができました。刀自と3人組は、なんと取引成立のの印に「三三七拍子の三本締め」の儀をとりおこないました。誘拐の犯人と被害者とが「手打ち式」です。
なんとも不思議な誘拐場面ではあります。
この場面は、俯瞰気味に上からの撮影(空撮か)。明るく穏やかな山の風景。尾根道で4人が手打ちをしている。のどかで大らかで、滑稽味に満ちている光景です。これが誘拐の場面なのでしょうか。
こうして、3人組と刀自は山道に紀美を残して去っていきました。
去り際に、グループのなかの大男が紀美に「お嬢さん、すんまへんな」と軽く頭を下げました。
一瞬のことでしたが、目ざとく耳ざとい刀自はそれを見逃しません。そして、刀自の心になにやら夢を見るような、あるいは決意めいた何かが兆したのでした。