警察も犯人捕捉の対策を立てていました。パトカー3台を先頭にした追跡部隊が、放送車出発後3分のあいだをおいて追走するの手はずになっていました。この部隊は、外部からの無線通信を傍受する装置を装備し、犯人からの接触がありしだい、放送車に追いつき、包囲網をつくり上げようとしていたのです。
放送車は、警察車両をうしろに引き連れて出発しました。
それからまもなく、すっかり人の波が退いたWTBの玄関脇から「ダミーの放送車」が動き出した。放送局の構内から道路に出た後、国道24号線に入った。この車には、だれも注意を向けなかった。
ところがこの車のなかには、女装した雷こと健次が助手席で運転手に指図し、後ろの席にはWTBの社長と報道局長、それにカメラマンが乗り込んでいました。この車こそ、「虹の童子」がはじめから、刀自の姿を放映する役割を割り当てていたものだったのです。
刀自の発案で、女装した健次がテレヴィ局に乗り込み、刀自の身の安全のためには、そして刀自の無事な姿を放映したければ、ダミー車に要員とともに乗り込み、健次が指示する場所に向かえと命じたのだでした。
テレヴィの生中継特番は続いていきます。ときおり、「正規の放送車」からの情報と映像が割り込みますが、「犯人からの接触なし」という報告と夜の国道の風景だけが送られるだけでした。
ついに時刻は9時55分を過ぎてしまいました。警察の追跡・包囲網を恐れた犯人たちは、コンタクトを断念したのでしょうか。
と、そのとき、別の放送車からと思われる映像が割り込んできました。
「放送車、放送車、何ですか、この映像は!?」とスタジオのキャスターであるアナウンサーが叫びます。
「こちら第2放送車。まもなく、刀自のおられる場所に到達する模様」と報告してきたのは、報道局長。
「第2放送車!? だれが、いつ、そんなものを認めたんだ!?」と大声で問いただしたのは、井狩本部長。
「当局が激高されるのはもっともです。が、仕方がなかったのです。その責任は、この私、報道局長と、ここに同行する社長が負います」
「事態はまことにやむをえないものだったのです。刀自の無事のためには……。ここに、刀自からの手紙があります」と、社長はカメラの前に手紙を差し出しました。
やがて、車が止まり、そのヘッドライトは深い谷の対岸に3人の人影をとらえました。手にしたライトを大きく回転させ、合図を送っています。女装の健次はワイヤレスマイクをもって車を飛び出しました。
テレヴィの映像では、女装した男が谷に架けられた幅30cmほどの竹製の橋を渡っていきました。そして、暗闇のなかに姿を消しました。谷側を渡り終わると、男は素早く女性用ワンピースからジーパンとTシャツに着替えました。そして、ストッキングとサングラスで顔を隠し、2人組に守られている刀自の傍らに寄り添ったのです。