その当日の夕方近く、指名された高野パイロットが操縦するヘリが飛び立ちました。その後、コース上を、おりからの北西の季節風をものともせずに、正確に飛び続けました。
お札の袋の重量が約1トン半、これに満タンの燃料900kgが加わった条件で、おどろくべき操縦技能です。
やがて、峻険な山並みの上空で「童子」からの連絡が入りました。
その指示にしたがって、ヘリは深い峡谷の河川敷に着陸しました。中継ヘリも距離を置いて着陸。
すると、例の3人組がヘリに走り寄り、1人を乗せたとたん、ヘリを離陸させました。そして、放送ヘリには引き返すよう命じました。
100億円を積んだヘリは、目の前の尾根を越えると、空のかなたに消えていきました。まもなく夕暮れがやって来ました。
宵闇の訪れとともに、警察によるヘリの爆音の航跡の報告や分析が始まりました。
そのあと、ヘリはまるで目標を見失ったかのように(一見でたらめに)東西南北、右左と行ったり来たりを繰り返しました。
警察のなかには「やつら、目標を失って迷走している」と見る向きもありました。けれども、この迷走のような動きの中心には、クーちゃんの家(この一帯を、警察はR地区と呼んだ)があったのです。
そのうち、ヘリは龍神村の上空を通過し、柳川家の庭に「100億円の領収書」を投下しました。領収書の裏面には、「10月1日に刀自を帰す」と記されていました。
事件から4日後の10月1日、取り込み中の柳川家に電話局から電報受信の知らせが届きました。「御座岬で待つ」という紀美あての電報で、国二郎は「こんなときにデートの申し込みかいな」とタメ息。
ところが、「あ、俺の家や!」と叫んだのは大作です。警察と家族は、御座岬の大作の家に急行しました。
大作と英子がドアを開けて日当たりのよいアトリエに飛び込むと、寝椅子に刀自が穏やかな寝顔で横たわっていました。
「あー、死んではる!」と英子。
「あほ、こないに血色のええ死人がおるかいな」と大作。
刀自は、安らかに眠っていた。かくして、刀自は無事に柳川家に戻りました。