その朝、食事を終えた刀自と健次と平太。茶の間でお茶を飲みながら、話しています。
そのうち、昨夜、刀自の「見張り役」を務めた平太が、本名と生い立ちを刀自に話してしまったことがバレてしまいました。
健次は平太を問い詰めますが、刀自は「まあ、ええやないの。名前くらい」と平然としたもの。
たしかに、刀自としては、そんなことで3人組の弱みを握るつもりはないようです。
平太は、そのとき、自分の祖母に甘えるような気分になったようなのです。てなづけられてしまったというわけです。
そのあとの3人の話し合いで、刀自の家族への連絡と身代金の要求は、刀自自身が書いた手紙でおこなうことにしました。
こんな草深い山奥で公衆電話までは遠いし、誘拐事件が大々的にマスコミで報道された今、3人組が人相を隠して衆目を引きつけることなく刀自を連れていくのは不可能です。
刀自の筆跡による手紙なら、家族に一目で「本物の誘拐犯」からの通信とわかるから、というわけです。
次いで、その手紙に書く「身代金の額」に話題は移りました。
「きのうは聞きそびれたけど、私の身代金はいったいなんぼ?」と、刀自が尋ねました。
健次は、片手の指5本を広げてみせました。
「おばあちゃんには世話になったが、それとこれとは別。身代金は5千万円。びた一文まからへんで!」
健次は大見栄を切った・・・つもりなのですが。
ところが、それを聞いた刀自は突然、立ち上がりざま怖い顔つきになりました。
「あんさん、いまなんぼ言いはった? 見そこのうてもらっては困るで。私はこれでも、大柳川家の当主や!
はんぱは面倒やから、身代金はきっかり100億。びた一文まからんで!」と言い捨てて、座敷に入り、襖をピシャリと閉めてしまったのです。
その夜、納屋の藁布団の上で、3人組が顔を寄せて思案顔。みんなすっかり困惑しています。
100億円といえば、1万円札で100万枚。重さはおよそ1トン半。2トントラックの荷台がだいたいいっぱいになる。
計画どおりの5千万円なら、ジュラルミントランク2つで、容易に持ち運べます。逃走も楽です。
ところが、100億円の巨大な札束のかたまりを、しかも警察の執拗な捜査と追及の目を逃れて、どう運べるというのだ、というわけです。
正義には、「スーパーで売っているインスタントラーメンなら何杯分や…?」と、とんちんかん。想像もつかない金額です。
刀自が言うには、「100億円では大型ジェット旅客機1機分の金額にすらならない。5千万円なんか、自衛隊の演習用ミサイル1発がいいところの金額や。大の男が勝負を賭けるほどのものではない」ということなのですが。
というわけで、この誘拐作戦はすっかり刀自の掌に握られて、想いもしない急展開を見せることになりました。3人組の「虹の童子」というかっこいい暗号名も、刀自が提案したものです。そのときは、すてきな暗号を考えてもらったと喜んで、まさか身代金がそんな大金になるとは思いもしませんでした。
誘拐場面でのどかに手打ちをしたり・・・と牧歌的な流れで始まったこの物語、いたるところでどんでん返しのプロットが続出します。