井狩は、柳川家のありのままの混乱・当惑を利用して、犯人に逆ねじを食わせる算段を思いつきました。
放送の当日、井狩は「虹の童子」に、身代金の要求金額は度外れに法外だ、考え直せと要求。さらに、こんな無茶な要求を出すからには、刀自(おばあちゃん)の身の安全が心配だ、ゆえに刀自の無事な姿または声を生放送(生通信)で見せるようにと迫りました。
一方、童子と刀自は、この放送をラディオで聴いていました。
クーちゃんの家は電波状況の悪い山奥で、テレビが映らないのです。そもそも、クーちゃんは、そんなものは見ない健康な生活をしています。
身代金の要求額が無茶で刀自の事情を考慮していない、という井狩の声明はまったく的外れでした。むしろ、3人組は刀自の強引な要求を無理やり飲まされたのですから。
平太は身をよじってくやしがりました。テレヴィ画面の井狩に向かって「あんたは事情を知らんのやから」と言い返したのですが。
そのあげく、「こんな言われ方して、…おばあちゃん、どうするんや!?」と刀自に食ってかかりました。まるで孫が祖母にだだをこね、甘えるように。
健次は深刻な顔で今後の対策を思い悩んでいました。
ともあれ、井狩本部長がテレビに出演して「虹の童子」に返答するという事態となるにおよんで、「柳川刀自誘拐事件」=「100億円事件」のセンセイションは、は地元和歌山だけでなく日本全国に広がり、さらに欧米のマスコミにまで波及しました。
いまや「童子」の参謀長格、というよりも指揮官になったおばあちゃんは、井狩の反撃をさらに逆手に取る奇抜な作戦を案出しました。ふたたび手紙にしたためて柳川家=井狩=県警本部に投げ返しました。
刀自の元気な姿を和歌山放送(WTB)テレビで中継放送するというのです。ただし、それにはいくつもの厳格な条件をつけました。
主な条件は、
@9月27日、夜9時から10時までの間とする。この特別番組は午後5時に開始する
A柳川家の家族はWTBの放送会場の一室に集合し、井狩も連絡責任者として同席する
BWTBは、この時間帯のテレビとラディオの放送をこの中継放送のみにあてる
CWTBは中継放送車を用意し、午後7時に出発して、平均時速50kmで国道42号線を田辺方面に向かう
D進路や放送開始の指示などのコンタクトは、「童子」たちが無線連絡でおこなう
などでした。ほかにも細かい指示が書かれていました。
全国的な注目を浴びるなか、放送はWTBから全国にネットワーク配信されることになりました。何しろ、地元和歌山県では視聴率は80%に迫り、全国平均で60%に迫る注目度なのですから。
放送当日の午後になると、WTBの敷地や周囲には黒山の人だかりができました。放送局の玄関横に待機する中継放送車の周りも、多数の野次馬で騒然とし、車は身動きできないありさまでした。
5時に特番が始まり、まず心配顔の家族とむっつり顔の井狩が写し出され、続いて柳川家の歴史や家族構成、刀自の生い立ち、慈善活動の様子などがヴィデオで紹介されました。
時間は刻々と過ぎ、まもなく7時。放送車の出発時刻になりました。
ところが、映像に映し出された放送車は、放送局の玄関に横付けされた車ではありません。
WTBの周囲の人だかりと喧騒を避け、また野次馬的な追走を許さないために、別の場所から別の車が出る手はずだったのです。局の玄関にこれ見よがしに置かれた放送用ワゴン車は「ダミー」でした。
和歌山放送の現場中継は、別の場所の放送用車両を映し出しました。