黄金のアデーレ 目次
尊厳の回復としての…
「ユダヤ人」とは何か
クリムト名画の数奇な運命
忌まわしい過去との対面
マリアとランディ
名画の価値に惹かれて
汚辱のオーストリア史
歴史への視点
マリアの決断
オーストリアで
H・チェルニン
重すぎる扉
危機一髪の亡命劇
国民国家という障壁
「国家主権」の風穴
訴   訟
裁判の結果
法イデオロギーと現実
国境を貫通するメカニズム
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■国境を貫通するメカニズム■

  しかし、ことに経済活動をめぐる社会関係について見ると、国家の法体系には無数の風穴が開けられている。というよりも、現代世界では、経済活動に関しては、アメリカのヘゲモニーのもとで誘導・織化されてきた国際的調整のメカニズムが強力に作用し、国民国家の内部の社会活動を規制ないし誘導ている。
  典型は知的所有権(著作権と特許権)の分野と国際投資保証法(投資保証協定)、国際金融財政政策の分野だ。これ分野では、アメリカの「外国主権免責法」の原理はほとんどはたらかない。
  というのは、これらの分野では、戦後、アメリカのヘゲモニーのもとで、主要諸国の政府間調整のメカニズムが組織され、それを土台に各国の政府や企業が世界貿易や国際金融への参入を認められてきたからだ。

  著作権や特許法については、戦後のヨーロッパと日本の経済的復興と成長がアメリカからの金融資金と技術の支援・提供を土台としてなしとげられたことからして、当然だ。当時、世界の最先端を走っていたアメリカ企業の特許技術や映画・テレヴィ文化が、私たちの生活水準の向上を導いたのは、自明の事実だ。
  ヨーロッパや日本とアメリカとのあいだの投資保証協定は、進出先の国家の干渉や国有化からの自由を保証し、アメリカの多国籍資本がヨーロッパや日本に直接・間接に投資するための政治的・法的な環境を整備したのは言うまでもない。
  そして、IMFや世界銀行をめぐる条約が、戦争で破綻・荒廃した欧日の政府財政と金融システムならびに貿易にともなう国際決済システムの再建の基礎となったことも自明のことだ。
  さらに、こうした世界貿易と世界金融の基礎には、以前はGATT(関税と貿易に関する一般協定)、現在ではWTOが組織され、世界市場での貿易・投資と金融を政治的に誘導・規制している。

  これらについて、1970年代からブリテンの理論家たちは、トランスナショナル(国境を超えた)な国家装置とか国際的な統治組織と呼んでいる。

  またことに第2次世界戦争の敗戦国、日本とドイツ、イタリアでは、アメリカの軍事的占領下で戦後の統治体制の再編成がおこなわれたことから、アメリカとの相互安全保障体制が軍事と政治、経済の動きを構造的に制約したことも明白な事実だ。
  以上の要因は、憲法も含めたあらゆる国内法――つまり人権や市民権――に優越して作用する法規範だった。してみれば、国家の主権と法体系の自己完結性などというものは、建前にすらならない虚偽イデオロギーでしかないということになる。
  皮肉な見方をすると、日本の憲法の平和原理が――米軍基地の周辺を除いて――国内で有効に作用できたのは、日本の軍事的防衛がアメリカの安全保障体制のもとに全面的に包摂されていたからだとさえ言える。
  1940年代後半から、アメリカ合衆国は――ヘゲモニー国家として――このような国境を越えて組織された法体系や行財政装置の組織化や運営において指導的な役割を演じてきた。


  先頃発足したトゥランプ政権は、アメリカの単独主義を極端化する政策方針を掲げている。ところが、アメリカ連邦政府の構造と機能には、すでに見たような国境を超えた政治的調整メカニズムを誘導する機能がビルトインされている。つまり、孤立化を進めようとすると、政府の機能が麻痺ないし機能不全化してしまうように仕組まれているのだ。
  つまり、大統領府の主人が考えるとおりに連邦国家装置を運営しようとすると拒否反応あるいは機能停止が生じてしまうことになる。 言い換えると、政府機関の中枢部に勤務する官僚たちは、トゥランプが望むような動き方をするように訓練されていないし、動かそうともしないだろう。

  そのことは、トゥランプが大統領に就任してから6か月以上経過しても、連邦政府の高官ポストの8割以上が任命されていなければ、議会の承認を受けてもいないという事態に現れている。アメリカの中央国家装置をトゥランプが望むように動かせる人事配置はできない――そもそもそういう人材がいない――ということだ。

  ブリテン王国のEU離脱も、ヨーロッパ規模でのトランスナショナルな国家装置によって補完されていた統治システムを媒介として世界経済に関与するか、それともそういう媒介装置・緩衝装置なしに世界経済にコミットするかという選択だった。だが、ビルトイン・スタビライザーとして機能していたEU装置による支援や補完なしに、産業的に西ヨーロッパで一番遅れたブリテンが立ち行くのかどうか、興味深い実験だ。
  そもそもブリテンのEC加盟は、単独では世界経済のなかで有利に立ち回れなくなったがゆえの選択だった。そして、そのときよりもブリテンの相対的地位はかなり低下している。サッチャー政権以来30年間、ブリテン政府は社会の資源の圧倒的部分を――工業部門などの犠牲の上に――金融セクターに集中して、弱体化・没落した地位の回復を試みてきた。
  医療社会保障制度NHSのや公教育制度の財政破綻は、その戦略の失敗の結果(指標)だ。右翼は、この破綻を移民やEUの規制のせいにして、離脱を喧伝した。だが、破綻・失敗の原因は、経済的資源の金融セクターへの過剰投入にある。その歪みは、さらにひどくなっている。そのときに、安定装置としてのEUという保護服を脱ぎ捨てようとしている。

  ただし、多くの民衆がグローバリズムに反対するのは、18世紀以降のパクス・アングロ=アメリカーナのもとで進展した国際化・世界化が「資本の権力のグローバリゼイション」に照応したものだったからだ。人類は、富の過剰な集中や格差の拡大をグローバルに克服・解消する手立てを見いだせていないのだ。そしてまた、世界の住民が多数の国民国家へと政治的に分断されている状況は克服しようもない。
  人類は「黙示録な世界」――現代文明の破滅・崩壊への道――に嵌まり込みつつあるのかもしれない。

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