第2次世界戦争直前、オーストリアからアメリカに亡命したユダヤ系市民マリア・アルトマンが、彼女の一族からナチスによって奪われた名画を、若い顧問弁護士ランドール・シェーンベルクとともに取り戻そうとする奮闘を描いた物語。事実をもとに脚色した物語(2015年作品)。
主人公マリア・アルトマンを演じるのは、自己の尊厳のために奮闘する女性を演じるとピカイチの女優、ヘレン・ミレン。
ところで、マリアが奪われた絵画を取り戻すために利用しようとした法制度は、1998年に公布されたオーストリア連邦共和国の美術作品返還法――
Bundesgesetz über die Rückgabe von Kunstgegenständen aus den Österreichischen
Bundesmuseen und Sammlungen / The Federal Art Restitution Act on the return
of works of art in Austrian national museums and collections to their rightful
owners, 1998 ――だ。 この法律は、――1980年代末から高まった――オーストリアのナチス統治時代の「負の遺産」を全面的に清算するための運動の結果、制定されたとされている。
それにしても、絵画史に残るほどの名画となれば莫大な資産価値をもつ。そうなると、絵画の「所有権の帰属いかん」の問題は、資産の国際的規模での争奪戦の様相をも帯びることになりがちだ。「負の歴史」の清算を本来の目的とすべき制度が、醜悪な資産の争奪戦にもなりかねない。この作品は、そういう側面を巧みに描いている。
まずはじめに、誤解をなくすために言っておくと、「ユダヤ人」とは人種による民族集団ではない。あくまでユダヤ教を信奉する限りで、ユダヤ人となるにすぎない。
つまり、宗教文化によって識別される「民族」だ。だから、アフリカ系、ヨーロッパ系、スラヴ系、東アジア系など、あらゆる人種のユダヤ人がいる。
一般的なユダヤ教徒の戒律では、ユダヤ人を母として生まれた子にはユダヤ教徒としての洗礼と教育を施すことが義務とされているという。信仰による家系は、原則上、母系の血脈によって継続されていくことになる。
もちろん、自分の意思でユダヤ教徒になることもできるのだが。ユダヤ人すなわちユダヤ教徒としての家門の継承は女系にもとづくものになる。とはいえ、ユダヤ人社会でも男性優位の権力関係の構造になっているようだ。
ところが、ヒトラーとナチズムは、明らかに虚偽としての人種主義的な「ユダヤ民族」観を捏造して迫害した。というよりも、迫害のためにそういう虚偽イデオロギーを捏ね上げたというべきだろう。
また現代の「ユダヤ人陰謀説」を吹聴する書籍や雑誌記事でも、ユダヤ人の定義については意図的に曖昧にしている。たとえば、ブリテンのロスチャイルド家嫡流が早くにブリテンのエリートとしてイングランド教会に改宗していた事実を隠している。
19世紀末からロスチャイルド銀行は世界市場で――親ユダヤ=親イスラエルはであったが、もはやユダヤ資本としてではなく――もっぱらアングロサクスンの金融資本として権力闘争を展開していた。
それは、世界経済ヘゲモニー構造、すなわちパクス・ブリタニカに照応した金融資本の転身・変容ともいうべきものだ。
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