本物のドゥルーモアというヴィレッジは、北アイルランドにあるという。
ところで village は通常「村」「村落」と邦訳されるが、本来、集落の中心地に教会や聖堂がある町のことで、 town よりも格上の都市的な集落を意味する。フランス語の village が英語化されたものだが、ブリテンでは ville から派生した意味合いが強いようだ。
ところが、この物語にあるドゥルーモアというアイリッシュタウンは、なんと旧ソ連邦ウクライナの片田舎にあった。アイルランドのどこにでもあるような田舎町の佇まい。町の中心部には教会と広場があった。教会はもとよりローマカトリックだ。
だが、その目の前の広場で集会を開いているのは、彼らが手にした旗や服装から、プロテスタント――それもファンダメンタルなプロテスタント――のようだ。
プラカードには、カトリック派を貶め攻撃するスローガンが書かれている。ちぐはぐな状況だ。
その広場に、全身黒ずくめの服装(黒のニット帽、黒のジャケット、ズボン)をした若者が現れた。思慮深そうな風貌だが、他方で、何かの思念に囚われているような視線だ。
彼は、広場を見渡した。
すると、彼が立っている家並みの1件のドアを開けて、1人の少女が出てきた。厚紙の箱を手にしている。箱のなかには、ブリキの赤い筒(貯金箱)と手作りのケシの造花が入っていた。それを売って、代金=寄付を募っているのだ。
少女は若い男に近寄った。男は、少女の手にした筒に5ポンド札を押し込みながら、「ケシの花は全部売り切れたよ、いますぐ家に帰りなさい。いますぐ、ここから立ち去るんだ。いいね」と告げた。
思わぬ大金に喜んだ少女は、スキップをしながら家路についた。
少女が立ち去ると、若者は、広場を横切って、「マーフィーのバー」という酒場に入っていった。まだ日が高い昼間、バーには店主しかいなかった。
若者はカウンターのストゥールに腰を下ろすと、店主に告げた。
「ここで、コヒーリンという仲間に会うんだ」と。
「コヒーリン!? ならず者だ」
と言葉を返した店主は、若者と目を合わせた。そして、うなづくとカウンターの下から紙袋を取り出した。店主は袋のなかに手を入れて、何かのスウィッチを入れたようだ。そして、若者に告げた。
「5分後だ。早く持っていってくれ」
つまり、袋の中身は時限装置付きの爆薬で、5分後に炸裂するようにセットされた、という意味だ。
若者は店を出ると、広場を見渡した。
おりしも、そこに警察隊の車両がやって来た。爆薬を携行したテロリストがいるという通報を受けて、駆けつけてきたらしい。警察官はハンドスピーカーで、若者に静止して手を挙げる(無抵抗の意思表示をしろという意味)ように告げた。青年が立ちつくしていると、1人の警官が近づき逮捕しようとした。
そのとき、青年は紙袋を放り投げた。爆発のタイミングが来ているのに、何の反応もなかった。仕組まれた罠に気がついた青年は、足首に隠してあった拳銃を手にすると、目の前の警官を射殺し、続いて、一瞬で車上の警官4人をも撃ち殺した。銃弾はいずれも、眉間や喉、心臓を射抜いていた。恐るべき射撃技術、速さだ。
自身の殺戮の腕前に、若者自身が驚き、たじろいだような瞬間が訪れた。