まもなく、リーアムの住居にIRAの幹部、ガラハーが2人のボディガードをともなって訪れた。彼らの訪問はリーアムの過去とかかわっている。
IRAを離脱したリーアム・デヴリンが戻ってきた。何しろ飛び切りの「殺し屋」だった男だ。どんな目的で戻ってきたのか、当面の行動予定はどうなっているか。IRAにとっては、いずれにしろ厳重な監視下に置かねばならない。
今日は、その調査にやって来たのだ。
リーアムはすっかり平穏な人間になっていた。そして、誤爆で死なせてしまった花嫁の母親に謝罪するつもりで、ここに来たことをガラハーに告げた。
ガラハーは、リーアムに「おとなしくしていろ」と言いつけて立ち去った。
その直後に安全保障局もまたリーアムに接近してきた。コヒーリンのあぶり出しと排除のため、IRA指導部との連絡仲介役を依頼するためだった。
ファーガスン准将は、部下のフォックスをリーアムの住居に行かせた。
だが、リーアムは依頼を断った。
フォックスはリーアムの拒絶を受け入れなかった。
「われわれは、君に頼んでいるのではない。命令しているのだ」
「私は平穏に生きようとしている。政府ともIRAともかかわり合いになるつもりはない」とリーアム。
「拒絶は許さない。われわれは、いつだって君を捕縛して監獄に送り込むことができるんだ。君は罪のない花嫁と婚礼への参加者を殺したんだからな」
傷口に塩を擦り込むようなフォックス。
「あれは誤爆だ」リーアムは反論する。
「証拠は何とでも捏ね上げるさ。逮捕してから、ゆっくり罪状を用意することもね」とリーアムを追い込んだ。
「でも、もう殺しはやらないぞ」
「無論だ。君には連絡仲介を頼む」
というわけで、アイアランドにとどまろうとする限り、リーアムはブリテン安全保障局の手駒として動くしかなくなった。とりあえずは、IRAのガラハーへの連絡を仲介することになった。
数日後、IRAが指定してきた建物にファーガスン准将は出向いた。護衛と補佐の役回りは、フォックスだった。交渉のテイブルにつく前に、ガラハーならびにファーガスンのそれぞれののボディガードが相手のの身体検査――武器携行がないかチェック――をした。
ガラハーの顔を見据えながら、ファーガスンは提案を切り出した。
「先日殺されたヨーハン・バームを含めて、この数年間に、5、6人が暗殺されている」と。
「われわれの仕事ではない」とガラハー。
「われわれも、そう信じている。君らの仕業ではない。この手の背後関係が不明の暗殺事件が続いている」とファーガスン。
「われわれの調べでは、5、6件ではない。1986年以降、バーム殺しよりも前に11人が葬り去られている。誰がやったのかはわからない」とガラハーは打ち明けた。
「われわれがつかんだ情報では、犯人は『コヒーリン』だ」ファーガスンは告げた。
アイアランドの伝説の英雄=戦士の名前を聞いたガラハーは、気色ばんだ。
「冗談を言っている場合か! ふざけるな」
「冗談ではない。コヒーリンとは暗殺者のコードネイムだ。どうやらKGBが、ここでの事態を紛糾させようとして、送り込んだようだ。まだ、コヒーリンが誰なのかは特定できていない。
だが、ロシアからレーヴィンという学者が亡命してくる。
彼は、コヒーリンという暗殺者の育成や訓練にかかわっていた。だから、彼からコヒーリンが誰かを聞き出すことができる」ファーガスンは説明した。
「その役目は、われわれに任せてもらおう。1986年以降にダブリンに来た者のリストと顔写真を用意できる。コヒーリンというふざけた野郎は、われわれが始末する」
というわけで、レーヴィンへの尋問とコヒーリンの排除はIRAが担当することになった。