コヒーリンは、ふたたび黒ずくめのライダースーツに身を包み、モーターバイクにまたがった。ところが、ランカシャー州の入口で警官隊が厳重な検問体制を敷いていた。道路には多数の車の列が、検問施設の前から並んでいた。それを見たコヒーリンは、検問所の直前の三叉路を折れて、検問所を回避した。しかし、怪しげなバイクが検問所の手前の三叉路を曲がって遠ざかったことを、警官の1人が目撃していた。
コヒーリンは群衆のなかに紛れて、姿を隠すはずだ。リーアムは、警官の目撃情報から、コヒーリンが近くの公園・遊園地に行った可能性が高いと見た。そこで、ターニャとともに公園・遊園地を調べて回った。
一方、コヒーリンはリーアムが追跡してきていることを見越していた。だから、リーアムとターニャの姿をいち早く発見した。で、巧みに身を隠すことができた。
コヒーリンは、ストークリー邸訪問がトゥアーコースになっていて、しかも、教皇を見ようというカトリック教徒や観光客のために公園から出発する臨時バス便が用意されていることを知った。
彼は、バスの運転手の待合室に潜り込んで、運転手用の制服を盗み、運転手に化けた。こうすれば、ストークリー邸の停車場までは行くことができる。
そのバスが出発してからしばらくして、バス運転手の制服が盗まれた事件が発覚した。地元の警察から、その情報を入手したリーアムとターニャは、ストークリー邸に急行した。
ストークリー邸では、教皇が主催するミサの準備が進んでいた。
リーアムは城館と庭園の警備担当者に状況を尋ねたが、コヒーリンが立ち現れたという様子は見られなかった。だが、城館への入り口前の停車場には、運転手の制服が脱ぎ捨てられていた。コヒーリンはすでにここに侵入して、教皇の狙撃地点に向かっているに違いない。
考えられるのは、バラ庭園から礼拝堂や城館に通じる秘密の地下通路に入ったということだ。リーアムが地下通路の扉まで行くと、扉は開いたままになっていた。
教皇の警護係に問い合わせると、教皇は祈禱準備のために単独で礼拝堂にいるということだった。
コヒーリンは礼拝堂で教皇を襲うはずだ。リーアムたちは地下道から礼拝堂に向かった。
礼拝堂では、教皇がストークリー伯をはじめとする過去の殉教者たちのために祈り、しばし瞑想にふけっていた。そこにコヒーリンが現れた。
コヒーリンは、まず教皇に、自分のために神の許しを乞うように頼んだ。そして、自分がこれまでに幾多の人びとを殺害してきたことを打ち明けた。
教皇は、「神に許しを乞いなさい。私の祈りましょう」と語りかけた。だが、コヒーリンは拒否した。
「無駄です。この世界は汚れ切っている。神の救いが役立つ余地はない。
だから教皇よ、あなたのような聖なる存在がこんな世界にいてはならない。
私は、だから、あなたをこの世から消し去るつもりです」
そこにリーアムとターニャが現れた。
「トム、やめるんだ。そんな自分勝手な理屈で、世界を変えるつもりか」とリーアム。
トーマス=コヒーリンは、教皇に向かって銃口を向けたまま、リーアムの方を向いた。そして、リーアムに命じた。
「俺はやめない。やめさせたければ、俺を撃ち殺せ」
「トム、もういい。私のように暗殺者の役割から抜けることはできるんだ」
こういう押し問答が何度か繰り返された。
そのあいだ、トーマス=コヒーリンは引き金を引かなかった。リーアムが銃口を自分に向けるのを待っているかのようだった。そして、リーアムが銃を向けると、教皇に向けた銃の引き金を絞る振りをした。
仕方なく、リーアムは銃撃した。銃弾はトーマス=コヒーリンの急所を撃ち抜いた。そのときリーアムは、死に直面したトーマスは、倒れながら歪んだ笑顔を向けたような気がした。
即死状態で倒れたトーマス・ケリーの黒い僧衣をまとっている身体に身を寄せてひざまづいた教皇は、暗殺者のために祈り十字を切った。
トーマスは、結局、この世界では自分の生きる場所を失い、ただ1人の友だったリーアムの銃弾によって命を絶つ道を選んだのではないか。