コヒーリンに頭部を殴られて気絶していたリーアムは、しばらくして意識を回復した。ターニャは、後ろ手に椅子に縛りつけられていた。リーアムはターニャを解放すると、いっしょに教会のトーマスの居室に行った。
その部屋には、リーアムの住居に仕掛けた盗聴器からの音声を聞く装置が置かれていた。つまり、トーマスは、あらかじめ盗聴装置を仕掛けた部屋にリーアムが住むように仕向けたのだ。トーマスは、アイアランドに暗殺者コヒーリンとして派遣され、そのときから、リーアムを敵陣営に属すものとして認識していたのだ。
リーアムは愕然とした。
「トムは、はじめから私を裏切っていたのか。だが、暗殺者としては誰でも任務と手段としてするのは、当然か…それでも、トムを改心させなければ」
というわけで、トムがどこに向かったのかを暗示する手がかりを探し始めた。
すると、ベッドの上に、リーアムから取り上げたリヴォルヴァーが置き捨てられていた。
ターニャはリーアムを見つめた問いかけた。
「どうして銃を置いていったのかしら。私たちがここに来るのは予測できたのに。この銃を手にして追いかけてこい、という意味かしら」
リーアムは、そうかもしれないと思った。この銃で、決着をつけようというのか。だが、彼はそれを使いたくはなかった。
「使いたくはないが、…仕方がない」と銃を手にした。
2人が部屋を出ようとするとき、床に落ちていた新聞の切り抜きを見つけた。6年前にボストンで発行された新聞で、「ローマ教皇狙撃される」という記事だった。教皇の顔が大きく掲載されていた。
そういえば、翌週、教皇がブリテンを訪問する予定だった。
リーアムは、この事実経過をファーガスン准将に報告した。そして、新聞記事の切り抜きは、コヒーリンがリーアムに挑戦するために意図的に置いていったのではないか。ということは、彼は教皇暗殺を狙っている可能性が高い、と。
KGBが派遣した暗殺者がローマ教皇を狙撃すれば、ソ連は世界中から非難されその国際的威信は著しく低下する。それは、コヒーリンを裏切ったソ連への痛烈な報復となるはずのものだからだ。
そしてもちろん、狙撃を阻止できないブリテン政府もまた威信を失墜することになる。
だから、ブリテン政府はただちに教皇庁に事態を通報して、訪問計画をキャンセルしてほしいと勧告するように提案した。
その数時間後、ヴァティカンでは、教皇直属の警護主任である若い司教が教皇の自室を訪れた。ブリテン政府の懸念と勧告を伝えた。
「どうした、まるで刑場に引き出される犯罪者のような顔つきではないか。
私は、信仰に殉じた人びとの遺徳を偲びに行くんだ。信仰のために死ぬことが必要ならば、それは聖職者の務めであり、むしろ喜びではないかね。
私は予定を変えるつもりはないよ」教皇は穏やかな笑顔を見せた。