住居に戻ると、リーアムはターニャを宥めた。冷静さを取り戻したターニャは、リーアムに尋ねた。
「あなたも、以前はIRAの暗殺者だったのでしょう、とても信じられないけれど。
でも、今のあなたは穏やかで暴力とはほど遠い存在だわ。
そのあなたが、以前、平然と人を殺していたなんて。コヒーリンとあなたは同じ暗殺者ということなのかしら」
「あのときは、怒りに駆り立てられていて、暴力によってしか正義を実現できない、世の中を変えられないと信じていた。だが、それが間違っていることを、現実によって思い知らされた。
そのあとは、自分が何という愚かで思い上がった行動をしていたのだろう、と思った。
今のトムは、あの頃のぼくと同じだ。暴力が、…自分だけの力で、世界を変えるしかないと思い極めているんだ。
だが、ぼくのように、自分の誤りに気がつけば、生き方を変えられるはずだ。何とか、彼を助けたい。
彼を助けることが、ぼく自身の過去の清算のための任務だ」とリーアムは答えた。
「でも、彼が変わらなかったら? そのときは彼を殺すの?」
「いや、そうしたくはない。彼を説得したい」
ところが、トーマスは人格を分裂=二重化させられて、ときおり暗殺者コヒーリンの人格になり変るのだ。心の解離性障害に陥っていたのだ。そして今や、コヒーリンの人格がトーマスの人格を圧倒・支配するようになっているのだ。そのことに、このときのリーアムは気づいていなかった。
2人が語り合っているそのとき、トーマスは礼拝堂で堅信礼を続けていた。信者の信仰帰依の告白を聞いて、ビスケットのように小さな硬パンと赤ワイン――パンはキリストの肉体、ワインは血を象徴する――を与えていた。これは、進行を誓った信者が硬パンとワインを飲食することで、キリストの肉体と血の一部を信者の身体のなかに送り込んで、神や精霊そしてキリストとの一体化を象徴する儀式なのだという。
暗殺者が神の代理人として神聖な儀式を司祭しているのだ。
だが、トーマスの表情はしだいに苦悶で歪み始めた。そして、儀式を突然やめて、「こんな偽りの行為は無駄だ。何の役にも立たない。もう我慢できない!」と言い捨てて、礼拝堂から出ていった。
彼は自室に戻って、コヒーリンの服装に着替えて荷物をまとめ、武器を携えた。向かった先は、リーアムの住居だった。
リーアムとターニャとが話し合っているところに、コヒーリンは拳銃をかざして乗り込んだ。そして、リーアムに、キャビネットの引き出しから、最近手に入れたばかりの拳銃(リヴォルヴァー)を出して渡すように命じた。
しかし、リーアムはトーマスの説得を試みた。
「コヒーリンはもうおしまいだ、トム。ぼくがついていくから、出頭しろ」
けれども、返ってきた答えは、リーアムの頬への殴打だった。
「いまさら、もう遅すぎる!
俺は、この世界に復讐してやる!」と言い捨てて、コヒーリンは飛び出していった。