ミラーはグリーンゾーンに帰還すると、CIAのブラウンに連絡を取って、サイードの手帳を引き渡す段取りを打ち合わせた。落ち合う場所は大統領宮殿のプールサイドだった。
宮殿のプールサイドに行ってみると、そこにはまったく戦場の空気はなく、まるでアメリカ国内のリゾート地のようだった。水着姿のアメリカ人美女たちがプールのなかやサイドにたむろしていて、男たちは美女を鑑賞するかのようにビートパラソルの下でカクテルをあおっているではないか。
ラジヴが著した翻案原作の題名にある《 imperial life 》とはこのことを表現しているのではないか。軍事的に侵略してイラク人の生活を破壊しておきながら、軍や政府の特権階級(の妻や家族たち)は、グリーゾーンの安全地帯で豪勢なリゾート生活を享受するという・・・。
ミラーはブラウンと会って、情報交換した。
手帳にはアラウィ将軍の所在の手がかりがあるのではないかということ。
将軍を探し出して、ミラーはWMDに関する正確な情報を得ようとしていること。
ブラウンは、ペンタゴン首脳に対して、イラク軍を活用して秩序と治安を回復して占領統治とイラクのレジーム再建に役立てようと説得しようとしていること。
クラーク・パウンドストーンは何かを画策していて、将軍をめぐる情報を隠そうとしていること。などなど。
そして今後の行動方針として、WMDの捜索のためには、アラウィとの接触が不可欠で、それを妨害する軍政当局(司令部)や軍情報部の圧迫をかいくぐって、独自の調査が必要だということになった。
そのために、ブラウン――軍の中佐以上の階級にあるらしい――の指揮権限によって、ミラーはMETの任務から一時的に離れてブラウンの指揮下でアラウィの捜索活動をおこなうという方針を決めた。
ブラウンは、将軍の所在を探るために軍情報部によって(捕虜収監房に)拘束されているサイードに会って情報を引き出すようミラーに命じた。
ところが、アラウィに一般兵士たちやCIAが接近することをあくまで阻止しようとするパウンドストーンは、サイードの手帳を横取りし、そのうえブラウンとミラーの動きを封じ込めるために、CIA事務所に乗り込んできた。
クラークはミラーと顔を合わせるなり威圧して「ブラウンによる君の配属転換は否認された。もとのMET隊に戻って任務を続行しろ!」と命じた。
そのうえ、ラングリー(CIA本部)の決定=命令として、ブラウンに手帳を引き渡すよう命じ、強引に奪い取っていった。どうやら、共和党右派はペンタゴン、CIAなどの上層部に共同戦線を構築し、ブッシュ政権の戦争政策を邪魔する勢力を徹底的に封じ込めるつもりらしい。
共和党右派は、シリリアン・コントロールという――軍を民主的に統制することを名目とする――仕組みをつうじて、まさに政権の思惑通りに戦争政策を運用しているのだ。一般市民や代議制による政権や軍へのチェックというものは、戦地や戦況に関する情報が正しく公開されてはじめて成り立つものだ。
法的に戦時体制――戦争を理由に市民やメディアに対して権利を制限し義務を課す法制度を発動・適用することで――を確立し、情報経路を政権派の人脈戦線によって掌握してしまえば、政権による独断的・専横的な軍の運用を抑制ないし制止する仕組みはもはや働かなくなる。これが、近現代の国民国家の戦争と軍をめぐる歴史の経験則だ。