グリーンゾーン 目次
虚構の開戦理由
見どころ
あらすじ
イラク戦争とは何だったか
続出するミスリード情報
軍の作戦会議では「疑問」に蓋
占領政策をめぐる路線対立
アル・マンスールで
米軍幹部の策謀と路線闘争
クラークの画策
《マジェラン》とは何者?
深夜の闘争
闘争の果てに
ブッシュ政権の誤算
ミラーの告発
「現代の戦争」
近代戦争の歴史
戦争の目的と敵対国家レジーム
「近代戦争」概念の崩壊
「傭兵の戦争」の復活
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コンドル

■戦争の目的と敵対国家レジーム■

  さて、『戦争論 Vom Krieg 』をものしたカール・フォン・クラウゼヴッツは、戦争は(従前の政治とは)別の手段をもってする政治の継続(拡張)であると規定した。そして戦争の目的とは、敵対する政治体の攻撃能力の撃破(破壊)であると述べた。
  この場合の戦いは、敵の侵略を受けての防衛的なものとは限らない。侵略を企図する側が、侵略に抵抗するであろう相手側の攻撃力を排除するためにおこなうこともある。つまりは、ある国家が自分の対外活動の阻害要因となりうる相手国家の武力を排除することが目的となるわけだ。
  彼の戦争目的の説明では、要するに、どんなことでも自国民が受容する限り、どんな理由でも戦争を始めることができるということだ。ただし、戦争遂行には、政治体の財政能力や経済的力量というきわめて厳しい制約条件が課されている。

  それにしても、クラウゼヴィッツの規定では、攻撃力の撃滅・破壊(排除)を云々してはいるが、相手国家のレジーム、支配者をどうするかについては語っていない。というのも、彼は、ヨーロッパで王権国家が主要なレジームであった――19世紀はじめまでの――時代の戦争を考察しているからだ。
  ヨーロッパ的規模での王室外交、王権どうしの連関が、独自の政治現象の次元として成り立っていた時代の戦争をあつかっているのだ。

  ところが、20世紀の「全体戦争」「総力戦」の時代以降には、敵対国のレジームそのものをどうするかが、戦争に随伴する政治(軍政)の重要なテーマとなった。とはいえ、はじめから国家レジームの破壊・組み換えを目的とする戦争はなかった。
  国家レジームそのものではなく、それそれに自国=同盟側が要求する講和条件(降伏や敵対の停止、領土や植民地などの割譲)をのませる選択を迫るという程度のものだった。
  ただし、軍事的敵対が全面化(包括化)したことによって、敵側の軍事力の兵站補給体系を解体し、主要都市を破壊する必要がある限りにおいて、敵側の国家レジームを結果的に破壊するようになったのだ。
  というのも、戦争をめぐる国際法規や規範は、気に入らない国家レジームの解体・排除のために戦争を発動することを、厳しく禁止しているからだ。タブーなのだ。というよりも、それを許すと、戦争と暴力的敵対の際限のない連鎖が起きてしまうだろうからだ。


  ところが、第2次世界戦争では枢軸同盟側は国内の全住民を戦争に駆り立てるための強固な政策体系やイデオロギー・システムを構築し、経済的再生産の総体を軍事力ないし戦争遂行に動員した。そのため、連合諸国側は枢軸側の経済的再生産体系の全体を破壊し、なおかつ軍事的敵対を持続しようとする政治レジームを破砕し組み換える戦略を取ることになった。
  つまり連合軍にとって「実質の戦勝」とは、敵対諸国家のレジームの解体と再編までを含むものになった。そして、戦後処理が終わらないうちに「冷戦構造」ができ上がり、国家レジームそのものをどうするかということが戦争の理由や目的となってしまった。
  じつはこの傾向は、フランス革命とナポレオン戦争のときに始まっていたのだが。

  ともあれ、イラク戦争では、アメリカは本音のところで、イラクのフセイン政権の覆滅を企図していた。もちろん、同盟諸国家と自国の市民を説得し同意を調達するため「大量破壊兵器(WMD)の開発と保有」というのが、表向きの開戦理由であり、WMDの除去・解体が戦争の名目上の目的だった。
  しかも、「保有していない」というイラク政権の表明・回答が虚偽だと一方的に決めつけて、このような虚偽の答弁と欺瞞を弄する国家を制裁するという正当かさえもなされた。WMDの廃棄や除去に応じないフセイン政権とその軍事力を撃破することが、目的を達成する手段とされた。
  今から思えば、あいた口がふさがらないほどの「馬鹿げた開戦理由」だった。

  さらに深刻な問題は、この虚構の開戦理由、虚構の戦争目的がアメリカ政府自身を戦略的に誤らせた。というのは、イラクの政権レジームを組み換えるのが本音――戦争の真の目的――ならば、太平洋戦争後にアメリカが日本に対してしたように、長期の占領政策と政府再編政策を策定すべきだったが、そういう戦略と政策もどこにもなければ、それに見合った戦力を派遣することもなかった。
  イラクは、利害が相敵対する宗派や部族・民族が並存する国家であって、いまだ国民が形成されていない状態だった。そのために、さまざまな敵対や対立を独裁レジームによって強権的に抑えつけていたフセイン政権を覆滅するなら、イラクの占領のためには秩序維持のために80万に近い兵員が必要となると見込まれた。
  ところが、共和党右派ブッシュ政権は、それに見合った準備もしなければ覚悟もなかった。イラク政権の覆滅と「戦勝」のあとには、国家レジームの崩壊と無秩序・混乱が待っていた。

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