グリーンゾーン 目次
虚構の開戦理由
見どころ
あらすじ
イラク戦争とは何だったか
続出するミスリード情報
軍の作戦会議では「疑問」に蓋
占領政策をめぐる路線対立
アル・マンスールで
米軍幹部の策謀と路線闘争
クラークの画策
《マジェラン》とは何者?
深夜の闘争
闘争の果てに
ブッシュ政権の誤算
ミラーの告発
「現代の戦争」
近代戦争の歴史
戦争の目的と敵対国家レジーム
「近代戦争」概念の崩壊
「傭兵の戦争」の復活
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炎のランナー
諜報機関の物語
ボーン・アイデンティティ
コンドル

■「現代の戦争」 ― 戦争の本質の構造転換■

  さて、最後に、戦争理論の視点から、イラク戦争を含む「現代の戦争」を社会史的に考察することにする。ここで「現代」とは、1980年代後半(20世紀末)から現在までの時期を意味する。
  戦争史ないし軍事史理論の視点から見て、20世紀末に人類は戦争という社会現象のあり方の構造転換を経験したといえる。17世紀頃から進んできた戦争と軍備の「国営化」「国有化」つまり「国家独占」の傾向が20世紀に完成した。近代国民国家は戦争をその中央政府の独占事業としたのだ。
  戦争は、12〜13世紀このかた、戦争の発動主体あるいは運営主体について見ると、騎士の戦争から都市と商人の戦争になり、王権国家の戦争となり、ついには国民国家の戦争となった。この間、商品・貨幣経済の浸透・膨張という傾向を土台として、戦争という現象には「傭兵の戦争」が付随していた。
  傭兵とは、金銭的報酬を目的とする傷害であって、戦争すなわち殺戮と破壊を業務とする営利ビズネス――利潤を追求する資本家的企業経営といってもいい――である。傭兵にとって最も好ましい経営環境は戦乱であり、暴力と破壊が吹き荒れる状態なのだ。


  ところが資本主義が経済的再生産をより広く深く支配するようになるにつれて、王権や国民国家によって市場システムはひとまず国民的枠組みで組織されるようになり、国民的枠組みの内部では平和秩序と安定が求められるようになった。そして、国家はこの国民的市場組織すなわち市民社会から暴力を排除するようになった。
  戦争や反乱鎮圧など兵器の運用は、中央政府の統制に従い中央政府から給料を受け取る兵員集団だけに限定していったのだ。
  国民国家は対外的には自ら一個の軍事単位として振る舞うけれども、国家が政治的に総括する市民社会空間からは戦争と暴力を極力除去しようとしてきた。もちろん、欧米諸国家の内部から戦乱・暴力とと傭兵を除去したが、植民地争奪など国外での勢力争いには躊躇なく戦乱や傭兵を持ち込んだ。それでも、19世紀以降は、海外で闘う兵員は国家が統制する正規軍に統合されていった。
  もっとも、20世紀には列強諸国家の心臓部を主戦場とする世界戦争が2度もあって、諸国家の勢力均衡にもとづく国際平和の秩序はそのたび破壊され、再建されたのだが。この2度目の国際平和秩序の再建は、アメリカが覇権を揮ってもたらしたものだ。

  ともあれ全般的趨勢としては、ヨーロッパ列強諸国家内からは傭兵は除去され、それとともに銃砲などの兵器は禁圧ないし排除されていった。その例外はアメリカ合衆国で、いまだに銃砲が国内市場で臆面もなく大っぴらに売買され、国内市場向け兵器産業が有力な政治的団体を結成して、大統領府と連邦議会を中心とする政治に強大な影響力をおよぼしている。
  その文脈では、現代世界において戦争の構造を組み換えてしまい、傭兵ビズネスを飛躍的に成長させ、各国家の手を離れた――手に負えない――戦争暴力を拡散させてしまう傾向を解き放ったのがアメリカ国家であるという事態も「ゆえなし」とされない。そして、アメリカの無謀な戦争政策が、戦場に限られていた破壊と殺戮を世界の市民社会のいたるところに撒き散らす最大の原因を生み出したのだ。

  アメリカは、国家の戦争政策の縁辺部分に傭兵ビズネスを位置づけてきた。だが、イラク戦争によってイラクの国民国家状態(国家秩序)を破壊してからは、暴力と破壊は社会のいたるところに吹き荒れるようになって、正規の軍隊では対処しきれない領域を一挙に拡大してしまった。そこに、アメリカ連邦政府は、傭兵企業に戦争あるいは占領政策を下請けさせ、こうした企業が利を貪り増殖する機会を提供した。もちろん、アメリカの兵器産業もまた大いに潤う好機を得たのはいうまでもない。
  イラク戦争からこのかた、アメリカ政府が関与する傭兵企業ならびに兵器産業――国家の軍隊が直接関与しない領域でのもの――は1000〜2000億ドルの収益を手にしたという。
  けれどもそれは、国民国家の中央政府が長い時間をかけてどうにか戦争暴力を独占し、一般市民社会から排除してつくり出した「国家内」平和秩序とその国際レジームを崩壊に導くおそれのある危険な選択だった。
  ここでは、この問題を社会史的に分析・考察してみようと思う。

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