クイーン 目次
王室の威信と女王の孤独
見どころ
あらすじ
王室の存在意義はあるのか?
王室制度の虚構性
ブリテンのエリートの意識
ダイアナの孤立
女王の肖像画
ダイアナの死
ブレアの得点
女王 対 民衆
死せるダイアナ、生けるエリートを動かす
追い詰められる王室
    *王旗と国旗
「民意」と王室
狭まる包囲網
孤立する女王
女王の帰還
孤独の周りに漂うもの
ブレアと女王との再会
マスデモクラシーにおける王権
  マスデモクラシーとは…
  民衆の期待または要望
  ダイアナ公葬は浪費?
  民主主義と王制・身分制
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死せるダイアナ、生けるエリートを動かす

  ブレアが死去したダイアナを「民衆の妃殿下」と讃えたことから、新首相の評価は急上昇した。ダイアナの死、そしてこれに対する首相の巧妙な対応とが連動して、まもなく王室の周囲のエリート層と労働党政権との「奇妙な同盟」が形成されていくことになった。
  というよりも、国家装置としての王制・王室の存続と威信を守ろうとする勢力は、女王一家とは別にダイアナの葬儀をめぐって、国民社会の亀裂を修復するための対策を練り始めたのだ。
  王党派ロイヤリスト――王室に強い親近感を抱く王位貴族を含むエリート層守旧派で普段は保守党に結集している――は総選挙の敗北で壊滅状態の保守党=トーリィから離脱して、労働党政権の周囲に結集し始めた。エリートの生存能力はその変わり身の早さに依存するともいえる。

  日曜日、議会での論争に備えて新政権の政策構想を検討しているブレアに、宮内府の女王つき侍従長(宮中伯= Lord Chamberlain :バッキンガム王宮を採配する最高位の代官)、エアリィ伯から電話が入った。翌月曜日に予定している「ダイアナ葬儀委員会」への労働党首相府代表の出席を要請するものだった。
  つまり、王室の運営実務を担っている宮内府ではダイアナの葬儀を「公葬: public funeral )、正確には「国葬: national funeral 」ではない)として挙行するのは既定の方針になったのだ。チャールズの提案で、王室からは少なくともチャールズと2人の息子、ウィリアム公子とハリー公子が参列する計画だった。
  侍従長が採配し王室(の一部)が関与する公葬となれば、ダイアナの葬儀場所はウェストミンスター大聖堂といこうことになる。
  葬儀委員会には、陸海空軍の代表、スコットランドヤードの代表、治安判事層代表、金融界代表、新聞界代表、BBC代表・・・という具合に、各分野のエリートが顔をそろえていた。ブレアはそこに、補佐官のアラスターを派遣することにした。


  一方、王室専用機でダイアナの遺体を迎えにいったチャールズが、月曜日の午後、柩とともにフランスから帰還した。ヒースロー空港には、陸海空軍の准将(統幕の部長クラス)やエアリィ卿、そしてブレアが出迎えた。
  つまりは国家元首の遺体の帰還を迎える儀典格式がとられたわけだ。それは、女王から距離を取ってこれに対抗する戦列を構築するための、ロード・チェンバリン=エアリィとチャールズとの暗黙の共同作戦だった。
  それは、ダイアナの死後、時間を経過するほどに王室との距離感や断絶を感じ始めた民衆(メディア)との溝を埋めるための対策だった。つまり、チャールズは、2人の王子ともども、懸隔と対立を広げていく民衆と女王夫妻との間に立って、双方の意向の緩衝役、さらには女王への説得役になろうともくろんでいた。
  そうでもしないと、マスメディアが発達したマスデモクラシー社会では王政は維持できなくなりそうな気配が強まっていたからだ。

  で、チャールズ(以下、チャーリーとも表記)は居城に戻ると、首相府に電話を入れた。いまや「民衆の妃殿下」という言い回しで「世論の代表者」役をメディアから期待されたトニー・ブレアにすり寄って、自分の母親を説得する共同戦線を構築しようというのだ。
  ところがその場合、従来の規範に沿ってではあるが、王の威厳を保ち続けようとしているエリザベスに対して、チャーリーは、これ見よがしの距離を置いて民衆の反目感情から身をそらして、自分自身は安全なところから女王への包囲網の側に立ち回りながら、外堀を埋めていく形で説得しようとしている。その態度に、ブレアは苛立った。

  チャールズの秘書官との電話会話を終えたトニーは、「自分の母親=女王を楯にして、民衆の反感から自分の身を守ろうとしている。何という親子なんだ、王室という連中は!」と吐き捨てた。
  だが、首席閣僚プライムミニスターとしては、国家装置としての王室=女王と民衆ないしメディア世論との背反を放置しておくわけにはいかない。このままではレジームへの民衆の統合・包摂が揺らぎ始め――民衆の多数派が王政存続に疑問や反対を呈するようになるということ――、王室を名目上の頂点とする統治秩序は崩壊する危機に陥りかねない。

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