クイーン 目次
王室の威信と女王の孤独
見どころ
あらすじ
王室の存在意義はあるのか?
王室制度の虚構性
ブリテンのエリートの意識
ダイアナの孤立
女王の肖像画
ダイアナの死
ブレアの得点
女王 対 民衆
死せるダイアナ、生けるエリートを動かす
追い詰められる王室
    *王旗と国旗
「民意」と王室
狭まる包囲網
孤立する女王
女王の帰還
孤独の周りに漂うもの
ブレアと女王との再会
マスデモクラシーにおける王権
  マスデモクラシーとは…
  民衆の期待または要望
  ダイアナ公葬は浪費?
  民主主義と王制・身分制
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女王の帰還

  夫のフィリップは今でも、この日女王一家がロンドンに戻り、女王がテレヴィ中継をつうじてダイアナの死去についてコメントを発表することに反対していた。だが、エリザベスは無駄な論争はしないと言って、その日の行動を開始した。
  ところが、女王は夫君の次の言葉に衝撃を受けた。
  「あの大鹿が隣の森に現れ、その所領に招かれた客人によって仕留められた」という言葉だった。
  飛行場に向かう前に、エリザベスは車を自ら運転してその貴族の館まで行った。
  彼女が訪れたのは、猟の獲物を保管し肉を捌くための建物だった。そこにあの大鹿が、首を切り離されて逆さまに吊るされていた。頸動脈から全身の血を滴らせて抜くためだった。
  あの王者のような立派な大鹿が油断したために猟師に殺されてしまった。
  女王は、あのとき王者の威厳を保っていた鹿に別れを告げた。

  そして、王室専用ジェット機に乗り込み、ロンドンへの帰途についた。ジェットが巡航高度に達した頃、ジャンブリンがコメント原稿を持ってきた。エリザベスは受け取ったが、そのときは目を通さなかった。だが、原稿の傍らに置いてあった朝刊紙にヘッドラインに目を止めた。
  「王宮、ブレアに膝を屈する」とあったからだ。
  つまり、女王がブレアの助言=提案にしたがって帰還し、声明を出し、葬儀に参列することになったことを、新聞は告げているのだ。

  ロンドンでは、女王一家は専用車でバッキンガムに戻った。正門前で車列は停止した。そこには、民衆が献じた膨大な量の花束が置かれていた。そこで女王とフィリップは車を降りて献花の周りを歩いた。
  王宮の正門前で降りて人びとの目の前を歩くという行動は、女王はこれまでとったことがない。異例の出来事だった。

  マスメディアの報道で女王の帰還を知った大勢の人びとが、正門前に詰めかけていた。だから、その日の群衆は、それまでのように王室に抗議するかのように花束やメッセイジを供えていった人びととは雰囲気が違っていた。
  死せるダイアナとの「和解」を受け入れた女王を見ようとやってきた人びとなのだ。
  女王たちは花束の山に近づいて、添えられたメッセイジを読んだ。ダイアナを讃え、王室を敵視する言葉が多かった。
  「あの人たち(王室)は、あなた(ダイアナ)の血を奪った」とか「彼らはあなたを屈服させることはできない」とか…。要するに、勝手な思い込みに駆られて、好き放題書かれている。

  女王は顔を顰めた。それでも気分を取り直すと、威厳を備えた笑顔をつくり、背後に控え民衆に顔を向けた。女性たちが多い。年配の女性たちは、軽く腰を下げて「女王陛下に対する礼」をした。以前は当たり前のことだったのだが、民衆が女王にそういう礼の仕草を示す場面も最近はなくなっている。
  エリザベスは人びとに頷くような笑顔を返しながら歩いた。
  女王は大人の陰に隠れるように立っている幼い姉妹の前で立ち止まった。妹の方が小さな花束を手にしていた。
  「そのお花を置いてあげましょうか」とエリザベスは尋ねた。
  「いいえ、…これはあなたに捧げるためのものです」
  「私に…、ありがとう」女王は驚いた。
  ここでは民衆の敵意に取り囲まれてると思っていたからだった。強い自己抑制のために表情にはほとんど現れなかったが、目には喜びが溢れていた。
  エリザベスは、民衆の意識のありようの不思議さを感じたのだろう。

  ダイアナと女王との確執敵対の構図にすっかり取りつかれて、花束に王室への侮蔑や敵意を書き込んだカードを添える人びともいる。だが、女王の帰還を知って捧げようと花をもってきてくれる人びともいる。これが一括りに「世論」「民意」とされるものなのだ。
  政治的な駆け引きのアリーナやメディアでは、民衆のそれぞれの意見は彼らの表情や個性は消え去ってスローガン化し記号化した「意見」に置き換えられてしまう。だが、意思や意見を胸に王宮にやって来る人びとは、それぞれの表情や個性を持っている。それでも結局、人びとの意見や女王の意見は、その具体的内容を剥ぎ取らられ抽象化され記号化されて、メディアや政治がお膳立てした「劇の舞台」に都合よくモザイク片のように嵌め込まれるだけなのだろう。

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