越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
おススメのサイト
人生を省察する映画
サンジャックへの道
阿弥陀堂だより
アバウト・ア・ボーイ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき
ブ ロ グ
知のさまよいびと
信州の旅と街あるき

◆「国の歴史」なるもの◆

  ところが、実際に国家に先行して存在していた地方的住民集合としての民族――微小な地方王権にもとにいた住民集合――は、近代国家によって組み換えられ、解体され、そののち、国家が制度的につくり出した国民(ないし民族)の部品として組み込まれたのである。にもかかわらず、国家形成神話では物語が転倒されて、以前からある言語や文化の共通性を土台――内的な紐帯――にして国民や国家ができ上がったという虚偽意識が歴史として語られるようになる。このイデオロギーは公教育をつうじて「国の歴史」として普及・浸透させられる。
  だが、民族や国家の土台となる言語文化そのものが、近代国家の形成とともに――国家によって――人為的に組織化ー制度化されたものなのだ。ヨーロッパでも、日本でも公教育をつうじて「国語」 national language が国民国家の公用語として普及させられ、地方的言語は従属的・副次的な方言とされてしまう。

  国家という形態で組織された市民社会の形成――それにともなう国民的言語や歴史枠組み――の過程をつうじて、私たち住民は国民国家(一国)を枠組み・単位とする認識スタイルを脳裏にインプリントされてきたのだ。

  そして、日本とかフランスというような一国的な枠組み、一国的な文脈において、過去の歴史を描き出し語るようになる。こうして「一国史観」「一国イデオロギー」が成立する。学術におけるエリート・システムは、こうした傾向を助長・強化する方向で確立されていく。
  「近代国民」「近代国家」、それゆえ国境システムが存在していなかった中世についてすら、たとえば「フランス史」や「ドイツ史」なるものが学術分野として成立し、人びとの知的活動を呪縛するようになった。だが、中世にはフランスもなければ、ドイツもなかった。

  ところが、国家よりも国家の母体となった民族が先行したというイデオロギーは執拗にはびこっている。近代ブルジョワ国家を批判する立場のはずのマルクシズムでさえ、この一国史観に呪縛されてきた。その典型は、旧ソ連のスターリンの「民族理論」である。
  スターリン・レジームは、マルクス主義的社会科学の確立・普及の名のもとに、恐ろしいほど能天気な俗説や固定観念を社会の知的活動に押しつけた。
  スターリンの理論は、民族は言語文化とともに諸地方の人間集団の共通の紐帯として自然発生的に形成され、しかるのちに近代国家(国民)がそれを母体として形成されていく・・・と説く。この意図的に編み出された謬論は、ソ連国家の正統化――ロシアによる周辺諸民族の支配と統合――のためにつくり出され利用された。

  広大な領土を擁していた旧ソ連邦では、ロシアの中枢権力が周辺の諸民族や諸地方を強制的・抑圧的に統合して、大陸的規模の国民国家を構築した。もっとも、ソ連に先行するロシア帝国が、周辺諸地域・諸民族を暴力的に支配・統合する「帝国的」レジームを創出し、それがソ連の土台となったのだが。
  そのような「大陸帝国型」の国家形成を正統化し美化するために、虚偽イデオロギーとしてのスターリンの民族理論はしかるべくして生まれたのだ。
  もっとも、それは、西ヨーロッパで確立した近代国家理論や国民史理論、民族理論を下敷きにしたもので、そういう発想そのものは、ブルジョワ的起源をもち、それを無批判に受け入れたものだ。

  こうして、国民国家単位の統治や政治支配に都合がいいように構成された没歴史的な民族理論や一国史観、つまり近代国家レジームに照応したイデオロギーが、右派・保守派から左派・マルクシストまでを巻き込んだ理論戦線で構築されてきた。

前のページへ || 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界