越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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◆思惑の「手形取引」の破綻◆

  アメリカへの不法移民は、なにも貧しい辺境、抑圧的なレジームの国だけからやって来るというのではない。豊かな「民主的国家」から成功を夢見て、安易な気分で密入国や不法滞在をする人びともいる。

  美貌の若い娘クレア・シェパードはオーストラリアからアメリカにやって来て、正規の手続きを経ずに居住し、労働している。旅行ヴィザで入国して、期限を過ぎても帰国せずに居着いて、仕事を求めている。
  自分の美貌に自信があるのか、女優としてハリウッドで成功したいとチャンスを狙っている。だが、思うに任せられない毎日である。美貌の女性ならほかにいくらでもいるし、女優はただ美貌だけではなれるものではない。

  ある日彼女は、車の運転中に街路でで別の車と衝突してしまった。過失はもっぱらクレアの側にあった。損害保険で賠償するためには、警察に頼んで事故証明を交付してもらわねばならない。だが、身分証明としてパスポートを見せれば、不法滞在であることがばれてしまう。
  彼女の苦境を見てとった中年男性は、クレアの若さと美貌に目をつけて、愛人になるように要求してきた。だが、何とその男、コウル・フランケルは、移民管理局の職員だった。不法移民を発見・監視してしかるべき手続き――強制送還や施設への収容などの措置――を取るべき立場ではないか。
  というわけで、心ならずも、クレアはいやらしい男の情婦になった。情事の直後にいつも彼女は、全身を洗って、不快な男の体臭を完全に消し去ろうとしていた。

  ところが、妻との冷え切った関係に辟易していたコウルは、本気でクレアを愛するようになってしまった。そのため、クレアがハリウッドの仕事にありつくまで滞在できるように、コンピュータを不正操作して彼女の情報ファイルを書き換えて、長期の滞在と労働を可能にしてしまった。
  オーストリアでは大きな実績を残した女優という身分=キャリアを偽造して、長期滞在と労働ができるヴィザ資格を付与したのだ。
  だがやがて、クレアが自分を毛嫌い・軽蔑してることに気づいたコウルは、クレアと別れた。

  だが、ふとした事件をきっかけに、本国ではエクストラ出演したしたことがないというクレアの本当の経歴が発覚して、移民管理局の職員の誰かが偽の経歴をつくるという不正をしたことが発覚してしまった。クレアの供述と捜査当局の調べで、職権を利用したコウルの不正=犯罪が突き止められた。
  その結果、コウルは懲戒免職のうえに懲役刑に処せられ、クレアは国外退去=強制送還になってしまった。
  クレアとしては、ハリウッドで何とか女優としてキャリアを積むチャンスをつかむために不法滞在と不法労働を続けようとして、コウルとしては、美貌の若い女性を愛人にしようとして、互いに欲望と思惑を満たすために取引きをした。クレアは情事の相手となり、コウルは偽造ヴィザを発給した。互いに手持ちの価値を交換取引したわけだ。だが、結局破綻してしまった。

  だが皮肉なことにこの事件が生きたのは、コウルの妻デニーズは移民の権利を擁護しようと奮闘している弁護士で、タスリマ・ジャハンギールの国外退去を回避するためにCIEや移民管理局、裁判所と駆け合っている最中だった。

■移民問題あれこれ 好運な出会い■

  このほかに、韓国系移民の第2世代の少年が、堅苦しい両親や家族との緊張から逃れようとして素行の悪い連中とつるんでいるうちに、韓国系少年ギャング団仲間に取り込まれ、心ならずもドラッグストア強盗に加担してしまう事件が描かれる。
  ところが少年は幸運に恵まれる。強盗事件の捜査の担当が、イラン系青年法律家による妹殺害事件を捜査している刑事だった。彼の配慮で、少年は司直による強盗事件をめぐる刑事責任の追及から逃れることができた。
  ここでも、思惑取引きがおこなわれた。ただし、善意の手形取引だ。若者は家族のありがたみを知り素行を改めて、勉学に集中することにした。刑事としては、司法の網目を少し緩くして、勤勉で有能な韓国系移民の若者に、アメリカでまじめに努力して学歴や織瀝を積んでいくためのチャンスを与えた――ときにはそういう「緩み」「心配り」が必要なのだと考えて。それは、イラン系の移民家族の悲劇を目の当たりにして、世の中に救いをもたらしたかったのだろう。

  また、ブリテンからミュージシャンとしての成功を夢見てアメリカに来たユダヤ人の若者の行態が描かれる。彼は長期滞在=居住の資格を得ようとして、ユダヤ人ラビ(司祭・律法者)に偽装した。ラビは高度な知識や技能をもつ専門職ということで、長期滞在ヴィザ取得が容易になると見込んでのことだ。
  若者は本物のラビに出会った。本物のラビは、ユダヤ人どうしの「共助」ということで、若者の目論見を知りながら、ラビ身分の偽装に手を貸す。その援助と配慮のおかげで、若者は合衆国への長期滞在資格の審査にパスした。
  審査結果の発表の直後、本物のラビは、「成功のためにはユダヤ系市民どうしの共助やコネが必要だ、だから毎週、シナゴーグに来るように」と勧誘した。若者は、同胞の連帯に感謝し感動した。何と、ラビの親切は布教活動の一環だったのだ。つまり「苦境の同胞に救いの手を差し出す」ことであって、シナゴーグでの祈禱への参加者を増やすことになるからだ。
  ここにも思惑の「手形取引」が見られる。市民社会でのあれこれの軋轢や摩擦をちょっぴり減らして円滑に生活するためには、これくらいの「規範の緩さ」が必要なのかもしれない。
  こうして、移民たちにとって移住先で誰と出会うかが幸運と不運を隔てることになる。この2つの出来事は、好運な出会いだった。

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