越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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立ちはだかる国境と国籍性ナショナリティの障壁

  映画『ターミナル』は、東欧からの旅行者が国家の障壁の隙間に落ち込んでしまう物語だった。普通の旅行者に対してすら、国家は国内への受け入れにさいしてさまざまな規制や制限を設けている。国境障壁あるいは国籍による障壁だ。
  今度は「不法移民」が置かれている立場から、どれほど厳しく国民国家の障壁が立ちはだかるのかを描いた作品を考察してみよう。政治的抑圧や貧困を逃れ、あるいは豊かさや成功のチャンスを求めて国境を超える人びとの動きは、国境と国籍という障壁によって規制され制限される。

  映画『ターミナル』をめぐる考察で、私たちは、市民権という制度は、まさに国家という形態で組織された市民社会秩序のもとではじめて成立するものであることを見た。
  富と権力を担っている企業――国際的な経済競争の最も主要な担い手と見なされている――の国境を超えた活動は、「経済活動の自由」というスローガンで促進され保護されるけれども、貧しい民衆の「越境」には、厳しい国民国家の監視や統制が介入しているのだ。

  アメリカ大統領選挙で共和党の候補となったトゥランプ氏は、不法移民の移住を防ぐためにアメリカとメクシコとの国境に「万里の長城」のような障壁を築くと公言している。ところが、合衆国企業がメクシコで両国間ののさまざまな特恵的な協定によって自由に活動し、安価なメクシコ人労働力を使って価格競争力のある製品をつくって世界市場に供給し、大きな利潤を獲得している事実には一言も触れない。
  さらにトゥランプ氏自身ドイツ系移民の子であって、移民である彼の父親がアメリカでどれほどの経済的成功のチャンスを与えられたかという自らの家族の歴史をまったく無視している。

  他方、移民や難民の受け入れ問題については、ヨーロッパでも大きな難題アポリアになっている。ブリテンのEU離脱の最大の理由のひとつがそれだったし、大半のEU加盟諸国で移民・難民の受け入れ問題が市民の意見を二分していて、政治的紛糾にタネになりそうな気配だ。
  とはいえ、この問題をめぐっては、西方の「先進諸国」と東欧・南欧の諸国では扱い方に差が出ている。というのも、後者の諸国の人びとのなかに、豊かさや経済的成功を求めて西方諸国に移住したいという者も相当数いるからだ。
  いずれにせよ、大西洋の両側で、そして世界中で今、国境と国籍性という境界線や垣根の仕組みとかあり方が問われているわけだ。

  さて、今回はアメリカの国家と市民社会を舞台として《立ちはだかる国境と国籍性の障壁》という問題を描いた2作品を取り上げる。


  1つめは、『扉をたたく人(2008年)』で、原題は The Visitor 。英題の本来の意味は「訪問者、来訪者、遠方からやって来た人」だが、「扉をたたく人」という邦題はなかなかに意味深長で面白い。
  「扉をたたく」ということは、遠方からの来訪者が「中に入れてくれ」とよう求めるという動作だ。聖書の英語版に「求めよ、さらば与えられん Knock on the door. And the door open....」というフレイズがあるが、そこからの連想ではないだろうか。
  生き延びるために遠方から訪れた者が、アメリカ社会への仲間入りを必死に求めるのだが、国民 nation としてのアメリカはそれにどう応えるのか。映像物語は、アメリカの返答の問題性を鋭く抉り出す。

  2つめは『正義のゆくえ(2009年)』で、原題は Crossing Over 。クロッシングを動名詞と解釈すると「越境、障壁を超えること」ないしは「越境移住」「越境移民」という意味だが、クロッシングが分詞形容詞ならば、クロッシングの前に People または定冠詞 The が省略されていることになる。
  その場合には「越境者、障壁を越えてくる人びと」「越境移住・移民」ということになる。いずれにせよ、この原題にはそもそも the Border という言葉が省略されている。まさにこの国境ボーダーあるいは境界線の政治的役割や社会的な意味をこそ、この映画は私たちに問いかけているのだ。

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