越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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メリトクラシー

  「デモクラシー(民主主義)」や「オートクラシー(専制・独裁政治)」「ビューロクラシー(官僚制・官僚権力)」などの用語の部品となっている「 cracy クラシー」とは権力や統治の構造、権力の性格や運動傾向を意味する。ギリシア語の「クラティア(意味は力・権力/統治)」が語源だ。
  それで、「メリトクラシー」とは、 merit + cracy という組み合わせでできた用語だ。メリットは「長所、功績、能力的優越、成果」を意味する。だから、ある能力に長けた者、顕著な功績をあげた者が――出身家門や地位あるいは富などを考慮せずに――エリートとしての権力や地位を与えられるシステムという意味合いになる。

  要するにメリトクラシーとは、飛び抜けて豊かな能力や才能を持つ個人や集団のなかで運に恵まれたほんのわずかな少数者を選別して、既存の社会的地位の障壁を飛び越えて、エリート階級に引き入れ統合していくシステムである。科学(学術)や芸術、スポーツ、経営、報道・メディアなどの分野で、社会的地位の階梯を一気に昇りつめる機会を与える仕組みで、20世紀のアメリカで生み出された制度だ。
  その典型は、プロスポーツの世界だ。
  宝くじ並みに確率の低いギャンブルだが、そういう限られたチャンスがひとまず与えられていることによって、成功のための多数者の――業績――競争を全社会的規模で組織することができる。馬の鼻面にニンジンを提げるシステムとも言える。

  これは、誰にでも努力と競争の機会を与えることが表向きの建前になっている、民主主義が普及した社会に特有のシステムだ。アメリカン・デモクラシーの中心的な部品である。
  そのような機会は、もちろん移民やその子どもたちにも与えられている。
  このような仕組みが設立され運営されることができるのは、アメリカは世界経済で覇権を握ったことから、富と資源を自国の内部に引き寄せ蓄積する条件を備えているからだ。つまり、著しい業績や成果を達成した者に、飛び抜けた報償・報酬を配分する経済的・税制的基盤をもつからこそのメリトクラシーなのである。

  こうした仕組みがあるからこそ、機会を求めて、世界中から多数の移住希望者が押し寄せ続けるのだ。貧困や迫害を逃れるための移住ではあっても、その子どもや子孫のなかから、多くのエリートが生み出されてきたのだから。
  メリトクラシーがあるので、すでに高い能力や実績を評価されている者や大きな資産・富を携えた者の移住は、歓迎され、容易に許可される。

  とはいえ、ひとたび成り上がった者たちが富を蓄え人脈を築いて、盤石のエリートとしての家系的基盤を築き上げていけば、やがて社会が許容できるエリートの椅子の残り数はどんどん減っていく。こうしてメリトクラシーは長期的には、社会の富や権力の格差、社会的地位の壁を打ち固めてしまう傾向にある。

■移民を受容する制度■
  さて、多くの移民が押し寄せるアメリカは、移住・入国が不法――正規の法手続きを経ていないもの――であっても、人権保護や人道上の見地から移住者を規制・監視しながら、既存のレジームに従順な人びとを受け入れていく仕組みを備えている。
  当局が認めた条件のもとでの審査を経て居住権や労働権の許容または否認などから、この過程は始まる。とはいえ、正規の市民権を手に入れるまでには、長い道のりがある。「観察期間」あるいは市民となるための「見習い期間」があるわけだ。
  この道のりを短縮するために、多額の報酬と引き換えに偽装結婚や偽装の養子縁組で、移民に市民権を与える犯罪も横行することになる。

  このような制度は西ヨーロッパ諸国にもある。
  とはいえ、一般にアメリカよりも規制は厳格であるが、程度も差ともいえる。
  ことにEUが創設されたときに、国境や国政の障壁を解消・克服するが政治的課題として掲げられたので、域内での移住や労働の自由権が認められ、さらに域外からの難民の受け入れはもとより、EC時代から特別な関係にある周辺諸国からの移住権や労働権の許容条件も大幅に緩和された。
  そのために、よりよい経済的生活や労働条件を求めて域内はもとより域外からの移民が急増し、さらに中東の零時ーム崩壊と混乱・戦乱で難民の流入が激増した。それが大きな社会的軋轢をもたらしているのが現状だ。

  ところで、辺境からの移住者に提供される労働・雇用の機会と環境は、なかなかに厳しい。ほとんどの場合、その国の一般住民が忌避するような労働環境、労働条件なのである。報酬が低いとか、衛生状態が劣悪だとか、危険がともなうとか、社会的な評価が低い部門の労働なのだ。つまり移民は、厳しい下積み仕事から出発するしかないわけだ。
  1970年代の西ドイツでは、トルコや中東方面から移住した人びとは、ひどい場合には放射能や化学物質による汚染や被曝の危険が高い職場での仕事を余儀なくされていた。つまりは、自国の市民たちが忌避するような劣悪ないし危険な環境での労働で、移民たちは生き延びるための収入を得るしかなかったのだ。
  それでも、生まれ育った故郷で生きるよりもずっとましな生活や収入が得られるということで、移民が押し寄せるということになる。
  そういう移民の弱みにつけ込んで、彼らを搾取する業界や斡旋業者、代理人などもいた。

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