越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
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◆国民国家は歴史的な構築物◆

  国民国家とは、歴史的に形成された特殊な構築物である。それは、多数の国家の並存や対抗関係などの相互関係の文脈においてしか認識できない存在である。
  14世紀から20世紀にかけて西ヨーロッパを中心舞台としながら、国家形成をめざす多数の政治体(諸王権、諸都市)のあいだの軍事的・政治的対抗をつうじて、一群の多数の国家からなる独特のシステムが編成されてきた。国家形成は、5世紀以上におよぶ長い歴史をもっているのだ。
⇒ヨーロッパ諸国民国家の形成史に関する研究
  この長い歴史過程のなかで、ことに16世紀以降になって、国家形成をめざす王権などの中央政府によって意識的に国民的ナショナル言語や「国民文化」「民族文化」と呼ばれる風習や文化構造が、域外のほかの政治体との対抗・競争関係を強烈に意識しながら、つくり出されていった。
  多数の諸国家に分割されるという独特の政治的・軍事的編成をともなう世界経済がヨーロッパで形成された。ヨーロッパ列強諸国家のあいだの権力闘争はヨーロッパの外部に拡張し、やがて全地球を舞台とする勢力争いが展開されることとになった。ヨーロッパによる世界市場支配とともに、多数の国家が自立的な政治的・軍事的単位として対抗し合うという構造が、全地球に広がっていった。

  ヨーロッパでの国家形成過程では、国家よりもはるかに小さな単位=規模で存在していた地方言語は、公用語としての国民的言語(国語)に従属する方言として組み入れられるか解体されていった。中央政府が組織する行政の手続きに順応し、経済活動に参加するために、人びとは「公用語」を受け入れるしかなかった。国家は公用語を共通のコミュニケイション手段として強制したのだ。

  こうして、一方では国境システムによる軍事的・政治的に障壁を対外的に築き上げながら、他方で国境の内部では言語的・文化的な一体化を進め、こうして住民を国民として排他的に組織化する制度が構築されていった。国民とは、地理的範囲による住民の政治的分割状態であって、国境によって排他的に分断され組織化された住民集合なのである。

  さて、このような国境システムと国民の排他的な組織化・凝集を枠組み土台として市民革命やら近代化がおこなわれ、民主化が進み、より多数の住民に市民権が付与がおこなわれていくことになった。20世紀になると欧米や日本では、女性や労働者階級などの下層民衆にも市民権・参政権が拡大されていった。
  民衆の側からの権利獲得運動・闘争は、このような国家という枠組みを所与の前提として展開してきた。それは、市民権の獲得が国民という政治的集合への民衆の統合・融合と引き換えにおこなわれていったことを意味する。
  つまり、国民国家秩序・レジームへの順応・受容と引き換えに、市民権は一般住民民衆に与えられたのだ。単一の政治組織としての国民への帰属、すなわち国籍の付与・受容、言い換えれば、住民に国籍性の網をかぶせることがが市民権の普及でもあったわけだ。あるいは、公教育やマスメディアをつうじて国民意識ナショナリズムが一般民衆の精神に刷り込みインプリントされていく過程をつうじて市民権は拡大したというべきか。

  こうして、国境と国籍性(市民権)によって、世界各地の住民たちは多数の政治体の障壁の内部にそれぞれに囲い込まれ、分割・分断されていくことになった。この分割=障壁は、人びとの移動や取引き活動に対する制限障壁――関税や為替管理や入出国の監視手続きなど――をもたらすことになった。この分割には、言語や文化などの差異・障壁がともなっていた。
  もっとも、中央政権による国外への侵略や海外植民地・属領獲得の衝動は止むことはなく、支配的な特権的諸階級あるいは企業の商品や資本の輸出のための欲望は、国境をはるかに超え出てうごめいていた。

  列強諸国の中央政府は、海外軍事拠点の獲得やら貿易航路の防衛のために艦隊を展開させ、あるいは有力企業の経済活動の国境を超えた展開を積極的に支援し、それぞれに国民国家として勢力範囲や力量の大きさを競い合っていた。だが19世紀、各国政府は産業革命が国内で進展し国民国家の制度が発達していくにしたがって、国内産業の保護育成のための関税障壁を周到に組織するようになった。企業間の国際投資や貿易取引きの関係が拡大する一方で、政治や文化面で外国勢力の国内への浸透や影響の拡大を抑えるようになった。

  ところが、大陸ヨーロッパでは膨張主義的な国家が互いに対抗し合っているので、戦争などの軍事的対決や外交駆け引きの発動のたびに国境線は変化した。国境の近隣に生存する住民たちは、戦争や敵対のたびに、別の国民に併合され、別の国籍を強制的に付与された。使用を強いられる公用語も何度も変化した――とりわけドイツとフランスの国境地帯、イタリアとオーストリアとの国境地帯では。

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