越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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繁栄する都市への人口流動

  ところで、都市や農村そのほかの政治体の名目上の境界を越えた人口の移動、移民というものは、近代国家ができるはるか以前からあった。あったのだが、国境という制度もないし、国家間の経済競争とか移民系住民への市民権の付与などいうことがなかったので、今日のような「移民問題」は生じなかった。
  そもそも初期段階では、ヨーロッパの長距離交易ネットワークは遍歴する商人たちの活動によって生み出され、ほとんどの都市が移民や植民――つまり人口の移動――によって建設されたのだ。ローマ帝国時代の司教座都市の廃墟や遺構の周りに都市集落が再建されて、交易や農耕地開拓の拠点となったり、有力領主が新都市集落の建設を企図して自治権とか商業特権の付与や免税などの優遇を条件に住民・入植者を募ったりして、都市が形成された。
  あらゆる都市は移民や植民者たちによってつくり上げられたのだ。

  ヨーロッパでは、12世紀頃からめざましく遠距離貿易=世界貿易のネットワークの形成が進み始めると、富や情報の集中と肩を並べて、貧しい周辺部から豊かな中心部(都市)への人口の移動が進展するようになった。その頃から北イタリアでは地中海貿易で富と権力を蓄えた有力諸都市を中核とする「都市国家」の形成と隆盛が始まった。中心都市は国家という鎧を身にまとい始め、周囲の中小都市や農村をコンタードとして囲い込んで支配しようとしていた。都市国家は国家とはいうものの、おそろしく未熟で、いまだ国境システムを備えていなかった。

  12世紀頃、ヴェネツィアやシエーナ、ジェーノヴァなどの北イタリア諸都市が目ざましく興隆すると、これらの都市には、概して窮乏する辺境から、あるいは富にありつく機会を求めて、あるいは抑圧や圧迫を逃れて、多数の人びとが押し寄せることになった。目はしのきいた商人や職人などとともに、貧民や浮浪者も押しかけた。
  移住した民衆の多くは、劣悪な生存条件に我慢しながら、北イタリアの都市国家や公国の社会序列の底辺、最下層に何とか割り込み、日々の糧を得るための仕事や職にありつこうとした。
  港湾や市場での雑役で日銭を得る者もいた。そして、稼いだわずかな手持ち金で道端での粗末な露店を始めたり、荷物を吊るした天秤棒をかついだ担い売りを始めたり・・・。さらに金ができれば、市場での小さな区画を借りて店を開いた。あるいは街区の小さな店舗や工房を間借りした。
  都市社会の最底辺には物乞いや浮浪者の群があった。

  他方で、すでに域外で経済活動をしていて巨額の資産をもつ階層は、君侯や都市政庁への多額の納税やら寄進やらと引き換えに、居住権や商業特権を獲得して、そこのエリートの一角に仲間入りできた。都市政庁や参事会は、このような富裕層の誘致にも余念がなかった。
  もちろん、旧来からのエリート門閥層は、地中海世界貿易でいよいよ財を積み上げ、都市の中心部の目抜き通りに城館のような邸宅を建て、これ見よがしに権力や栄華を誇っていた。

  やがて、ヴェネツィアやジェーノヴァを追ってフィレンツェやミラーノなどが地中海世界経済の頂点に上りつめていったが、これらの都市も同じような社会構造だった。世界市場で飛び抜けて優越的な地位を獲得し富と権力を集積した有力諸都市には、統治秩序の頂点に君臨するごく少数のエリートと、辺境から流入してきた貧しい民衆を含む下層諸階級が並存していた。そこは、著しい格差がともなう厳しい階級社会となった。
  言ってみれば、豊かな中心都市は自らが支配する商業世界の辺境=底辺を内部に抱え込むことになったわけだ。
  こうした傾向は、北イタリア諸都市に続いて、カタルーニャのバルセローナ、フランデルンのブリュージュやアントワープ、ネーデルラントのアムステルダムやレイデン、やがて18世紀にはパリやロンドンで顕著になった。そして19世紀末からはニュウヨークへの移民の集中として持続していくことになった。
  そのなかでもアムステルダム、パリ、ロンドンは、かつて広大な植民地を支配していた時代の影響もあってか、20世紀になっても世界中から移民を引き寄せて続けている。もちろんそれらよりもニュウヨークの磁場の方が圧倒的に大きいのだが。

  人類は、こうして1000年近くにわたって、世界貿易と資本蓄積において支配的な中心都市 metropolis に貧しく従属的な辺境からの移住者が流れ込むという動きを経験してきたことになる。

  さて、ヴェネツィア、ミラーノ、パリ、アムステルダム、ロンドン・・・世界経済の中核に登りつめた有力都市の繁栄は、通常は2世紀以上も続く。移民の集中は、その都市の繁栄のピークが過ぎてからも、ずっと長く続く。というのも、一度中核の地位に上昇した地域や都市は、世界覇権の頂点から没落しても、なお周囲の諸都市よりもはるかに豊かで富や権力を保有し続け、貧しい辺境から人口を引き寄せ続けるからだ。
  中世から現代まで、辺境からの移民は形を変え加速しながら続いてきた。

  豊かな都市の底辺=最下層に割り込む形で移住してきた人びとの家系は、多くの場合――都市が政治的・経済的に成長し続ける限り――、やがて世代が進むにつれて経済的・社会的地位の階梯を少しずつ上昇していく。というのも、移住先の地で生まれた新たな世代はその都市の言語や慣習や風習、立ち回りや駆け引きのルール(行動スタイル)を、上昇志向の強い親の影響を受けながら、幼児期から身につけるので、一般に親たちよりもステイタスの高い仕事や学歴を確保し、より豊かになる傾向があるからだ。
  とはいえ、社会的に上昇した家系が抜け出た最下層の隙間は、次々に辺境から押し寄せる人びとによって埋められていく。社会的ピュラミッドは拡大膨張していくのだ。

  都市に流入した人びとは出身地ごとに寄り集まって相互扶助や結束のための近隣共同体(ネイバーフッド・コミュニティ)をつくり上げていく。そういう共同体の運営を束ね指導的役割を果たす集団や家系が出現して、その役割を足がかりにして富や権力を獲得し地位を上昇させていく。

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