越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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◆偏狭化したアメリカ市民社会◆

  さて、別のある都市のハイスクールでは、バングラデシュからの移民の娘、タスリマ・ジャハンギールが授業の課題だった論文で、「私たちは《9.11事件》の航空機乗っ取り犯たちの言い分の背景を理解すべきだ。彼らのメッセイジの内容と根拠を知るべきだ」と表明した。
  彼女は、ハイジャック犯=テロリストたちの主張に共鳴したわけではない。だが、破滅的なテロを企図した彼らの主張に込められたメッセイジとその背景を知るべきだと言ったのだ。同じ貧しいイスラム教国出身者として、テロが繰り返される世界情勢や貧富の格差を考えるべきだと言ったのかもしれない。
  つまり、あのようなテロリストたちが次つぎに現れてくる背景・理由は何かを考え、背景・理由となっている現代世界の歪み、格差構造をこそ解消すべきだということなのだろう。それはまた、この2世紀間にわたるアングロ=アメリカン資本の優越において構築された世界秩序への鋭い批判を含むことになる。

  だが、あの大規模テロの後、アメリカ社会では、ムスリム系テロリストの言い分には一切の理解や共感を示すべきではない、寛容な態度は弱みを見せることになり、さらにテロリズムを増長させテロ攻撃を増幅させるはずだ、という見方が圧倒的になっている。
  そして、そのようなテロ犯の主張に耳を傾けるような人物は将来テロリストになりうる危険分子として、厳しく監視し、排除すべきだという思潮が支配的になっている。
  しかも、学校やメディアに対しては、当局は、そのような危険分子を見聞したらただちに当局に報告すべきだと――市民どうしの密告や相互監視を――奨励している。市民たちに相互に監視し合い、告発し合う意識状況と仕組みを押しつけているのだ。言論の自由や表現の自由に対して狭苦しいタガを嵌めようとしているということだ。

  そういう風潮の影響下で学校の責任者は、タスリマが論文で危険な立場の主張・表現をおこなったという報告を当局におこなった。ただちにFBIが捜査・摘発のための活動を開始した。
  タスリマは、その後も学校では、主張の危険性を突く教師に対しても立場を変えなかった。双方ともに頑なで、対話が成り立たなかった。
  やがてFBIは、ウェブでタスリマがイスラム過激派の主張を紹介するHPやブログ記事に何度もアクセスしたり、感想を書き込んでいる事実(アクセス記録)をつかんだ。とはいえ、彼女がテロリストの言い分に共鳴したわけではなく、彼らが「なぜ、そんな考えと目的を抱くようになったのか」を知りたかったということらしい。

  しかし、現在のアメリカ社会の意識状況では、テロリストの言い分に少しでも耳を貸し、その背景を理解しようとする傾向を「危険な傾向」と見なし、そういう傾向に対しては「矯正し、矯正を受け入れないければ排除すべき動き」だとして糾弾ないし断罪すべきだと判断しているようだ。
  言い方や表現の方法もあるのだろうが、とにかく、タスリマの素直だが頑なな態度は、当局の厳しい判断を呼び起こした。移民たちがアメリカ社会の秩序に適応するということは、そのときどきの政権や支配的な政治風潮が要求する態度に倣うことだ、という判断尺度で、そうでない移民はアメリカ社会に敵対的ないし不適合な人物と見なされる――極端に言えば、そういうことになる。
  当局は、未成年のタスリマを母親とともにバングラデシュに強制送還することを決定した。

  ICE局員マックス・ブロウガンが職務について苦悩しているそのときに、同時に並行展開しているサブストーリーは上記のようなものだ。

◆「倫理・風習・心性の衝突」◆

  マックス・ブロウガンのICEの同僚のなかに、イランからの移民青年がいた。
  彼は、マックスがICEオフィサーとしてはかなり異端的で、移民側の立場や権利を極力尊重する行動スタイルに共鳴し、同時にまた驚いてもいた。
  「通常のアメリカ人」や「普通のICE職員」とは大きく違う態度だと。だから、マックスを信頼し、尊敬してもいた。
  だから、マックスはその青年の家族とも知遇を得ることになった。

  青年には、家族から1人離れて自活する妹がいた。美貌で、しかもアメリカの文化や風習に強い憧れを抱いている女性だった。自由、とりわけ男女の恋愛や結婚についての自由、いや、個人の選択の自由として奔放さを許す風習・環境に魅力を感じていたというべきか。
  イランのイスラム教戒律にもとづく風習では、自由恋愛は原則として許されず、若い女性の結婚相手は父親や長兄たちが決めるのが支配的らしい。妹は、そういう束縛を嫌って家を出ていったらしい。
  その妹が、職場のクリーニング店主とともども射殺されてしまった。店主は既婚者で、2人は「不倫」関係だったらしい。

  同僚の家族に絡む事件だということでマックスが協力する形でLA警察の捜査が進められた。すると、事件の経緯と背景が浮かび上がってきた。
  イラン系家族にとっては、未婚の娘が既婚の男性と自由恋愛として不倫することは「耐え難い屈辱」となっていたため、父親の命令で青年の弟が妹を射殺したことが判明したのだ。
  容疑者の若者は、頭脳明晰で、アメリカの法律大学院を出て弁護士をしていた。アメリカの法制度や自由、権利を知悉している専門家であるにもかかわらず、古くからのイランの倫理観や名誉観を頑なに引きずって、家族の名誉ために妹と店主を無慈悲に殺害したのだ。

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