越境―国民国家の障壁と市民権 目次
立ちはだかる国境と国籍性の障壁
見どころ
近代世界における国家と国民
  「国の歴史」なるもの
  国家は歴史的な構築物
繁栄する都市への人口流動
合衆国の特殊な歴史
『ゴッドファーザー』の世界
メリトクラシー
『扉をたたく人』の物語
  孤独な老教授
  理不尽なハンディキャップ
  一般市民の無力感
『正義のゆくえ』の物語
  マックスの苦悩
  偏狭化したアメリカ社会
  「倫理・風習…の衝突」
  思惑「取引」の破綻
事件を見つめる視線
最近のテロ事件について
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◆マックスの苦悩◆

  では、物語の流れを押さえておこう。
  マックスの仕事、移民関税統制官 ICEの職務は、不法入国者を探索して正規の移住手続きを取らせ、監視すること、違法入国者を摘発して強制送還の手続きを取ること、そして、こうした入国行為にともなう密輸や違法輸入を阻止することである。
  国家=中央政府や州政府の立場としては、ICEの職務が、アメリカへの不法移民・違法移民の流入を抑制することを期待している。現存レジームにとって脅威や危険となる分子を極力排除し、アメリカにとって必要かつ好ましい労働力、つまり、期待される技能や知識、資格や能力をもつ人口を確保したいということになる。

  というわけで、全体的な傾向としては、ICEの活動は、迫害や貧困を逃れるため自由と権利を求めて、あるいはより有利な所得とか労働条件を求めるために国境を越えて移住する人びとに対しては、抑圧的ないしは抑制的、言い換えれば、横柄かつ威圧的な性格を持つことになる。つまり「取り締まり」ということだ。
  ICEの大半の職員は、当局が期待するとおりの行動スタイル――移民たちを上から見おろし威圧する態度――で職務を遂行している。
  しかし、マックスは、できる限り入国者の権利や尊厳を擁護しようと努力している。不法入国者に対する態度も対等で穏やかで、彼らへの事情聴取では、本国での抑圧や迫害や貧困など、アメリカへの移住(つまりは保護)を認める条件をできる限り探そうとする。違法入国者への態度、強制送還にさいしての振る舞いも、紳士的である。

  だが、移民法・関税法に違反する行為――たいていは合衆国内での労働権がない不法移民を雇用するという犯罪――の摘発にさいしては、大勢のICE捜査官が工場や住宅に一斉に乱暴に突入して、不法移民たちを拘束していく。国家装置としてのICEの機能は、構造的に抑圧的傾向を備えているのだ。その摘発活動こそ、取り締まりを怖れる不法移民から見ると、ICEの典型的な活動として映ることになる。
  したがって、移民たちにしてみれば、ICEの行動を畏怖することになる。ただし、運よくマックスに捕えられれば、そのあとの取り調べや事情聴取での扱いが穏やかで、不快な思いをすることがきわめて少ない――ないわけではないが――という恩恵に浴するだけのことだ。ICEは恐ろしいが、運が良ければマックスの取り調べを受けることになるというわけだ。

■不法移民の摘発■
  ある日、マックスたちのICE・LA支局は調査や通報を受けて、カリフォーニア州南部の縫製工場の一斉捜索――刑事警察権の行使――をおこなった。ICEの捜査官たちが工場内に踏み込むと、不法移民である多くの労働者は我勝ちに逃げ出した。しかし、ほとんどの移民たちは拘束されてしまった。
  そのなかに、ミレーヤ・サンチェスという若いメクシコ人女性がいた。彼女は、マックスによって捕えられた。彼流の穏やかな取調べののち、ミレーヤを含むめた移民労働者たちは収容所に送致され強制送還の手続きを受けることになった。
  ミレーヤはマックスの穏やかな態度を信じて、今の住居に残されている幼い息子を保護してメクシコの祖父母(ミレーヤの両親)のもとに送り届けてほしいと彼に頼み込んだ。

  移民たちの立場をできるだけ尊重しようとしているマックスは、頼みを引き受けて、幼子を探し出して保護し、しばらくしてから自分の車に乗せて国境を超え、メクシコの祖父母のもとに送り届けた。
  祖父母の住居は――メクシコではごく当たり前だが――みすぼらしいあばら家で、近くには若い女性を雇用するような仕事場はなかった。祖父母との会話のなかで、シングルマザーのミレーヤとしては幼い息子の養育費や良心の生活費をまかなうために、たびたび違法に国境を超えて「出稼ぎ」に出かけていることがわかった。
  ミレーヤはつい先日、摘発を受けて強制送還されてきたばかりだが、すぐにまた違法に国境を超えて「出稼ぎ」に行ったらしい。今度は、金を取って不法移民を国境の向こう側に送り届ける「業者」のつてを頼ったらしいことも判明した。

  マックスは、若い女性が単独で密入国するのは、本人にとっても危険なことだと心配して、そのことを彼女の両親に告げた。だが、「それでも、仕方がない。生きるためには…」という返事が返ってきた。
  マックスの懸念は当たったようで、その後、ミレーヤの両親に連絡を取ってみると、彼女からは2週間まったく連絡がないとのことだった。
  結局、まもなく、国境の砂漠地帯で若い女性の惨殺死体が発見され、それがミレーヤだと判明した。
  密入国者の弱みにつけ込んで、国境越えを引き受けながら、相手がか弱い女性だと突然強盗に変身して、なけなしの金銭を奪ったうえに殺害する荒くれどもが出没しているのだ。

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