ローラ・クィンは、そのような会社側の冷酷な仕打ちには気づかずに、朝早くから夜遅くまで仕事に没頭していた。
そんなある日、ローラは社内でオクスフォードの同窓生、ハロルド・レイノルズと出会った。彼は今、シティの一流銀行に勤務している。7年ほど前まで、ハロルドは美貌のローラと付き合っていた。彼は彼女に数回プロポウズしたが断られ、今は別の女性と結婚して家庭を築いていた。
ハロルドは今でも、オクスフォードの学寮を首席で卒業したローラの能力を高く評価してた。それで、ロンディでの昇格がおもわしくなかったら、自分の銀行に引き抜こうと思って、「君なら私たちの銀行でも優秀な業績を達成できるはずだ」と誘っていた。
彼女の能力と勤勉さは、ハロルドの称賛の的だったのだ。
そんなある夜、ローラが自分のオフィスで仕事に打ち込んでいるとき、雑係のホッブズが部屋の清掃にやってきた。毎日遅くまで働いているローラは、ホッブズ氏とは馴染みになっている。言葉を交わすこともある。
その日も、ホッブズはローラに話しかけてきた。その日、ローラは落ち込んでいた。というのは、南アフリカ、ケイプタウン支店長に自分より能力も業績も劣る男性マニジャーが抜擢されたからだ。これで、マニジャーになってから3年間も昇格がない。女性蔑視の人事方針は微動もしない。
そんなローラを遠くから見つめ続けてきた雑役係のホッブズが、彼女が残業をしていたある夜、語りかけてきた。
「手に入れたいものは、自らの力で奪い取るものです。
たとえば、南アフリカの黒人の権利は、アパルトヘイトを批判する国際世論によってではなく、民衆自らが闘い取るものではないでしょうか」
その言葉は、ホッブズ氏の謎かけだった。同時に、彼がこの会社では最下層の雑役係に甘んじているけれども、明確な階級意識を備えた並々ならぬ知性の持ち主であることを物語っていた。
翌日、彼女のカードメモ書き用の封筒になかにロンドン繁華街の映画館のティケットが入れられていた。ホッブズ氏からのものだった。映画への誘いだろうか。午後の時間帯が走り書きされていた。
彼は、ローラの部屋のゴミ箱に、古くなったカードメモ書きが破り捨てられていることを知っていた。ゴミの回収のときにでも見たのだろう。そして、メモ書きには、ローラの願望や人事への不満を記してあり、ローラの目標意識・努力目標と現実の厳しさへの絶望が書き込まれていることを知ったというわけだ。
その日、ローラは昼食の休憩時間から午後いっぱいの休暇を取った。ホッブズ氏の誘いを受けて映画館に行くことにしたのだ。いつもは、仕事に没頭して昼休みさえろくに取らないローラなのに。
映画館で、ローラはホッブズ氏から衝撃的な情報を入手した。
原石取引き契約の条件として、ソ連は取引き契約の継続の事実を限られた少数の重役以外には知られないようにしてほしいと申し入れたために、ローラは今期限りで解雇される計画であることを伝えられたのだ。
だが、その場ではローラはホッブズ氏の言葉を信じなかった。
そこで翌日の夕方、ミルトン卿が退社したのちに会長室に出向いて秘書を騙して、部屋の外に出してから、人事計画書のファイルから自分の雇用記録を探して盗み見た。すると、今季で雇用契約を打ち切る旨が記されていた。
ローラは衝撃と絶望で足がすくんで、その場にうずくまってしまった。