シティで絶大な影響力を持つ富裕な貴族家門の長ミルトン・アシュトンクロフトは、ロイズ保険協会(連合)の重鎮たちを緊急会議に招集した。「今こそ、彼らへの債権を回収するときだ」と。
財界の重鎮たちは、業務運営上の資金的なつながりだけでなく、資金取引きとともに互いに影響力や権力の手形交換をおこなっている。「恩の売り買い」またはギヴ&テイクだ。
そして危機に直面すると、このインナーサークルのメンバーどうしの「手形交換」が物を言う。自分が困ったときには、「貸し付けておいた恩」への「恩返し」を求めるのだ。この手形交換で1度たりとも不渡りを出すと、権力のインナーサークルから放逐されることになってしまう。つまり「いざというとき」に恩返しするだけの力量を常に維持しておけない者は、エリート・サークルから脱落するのだ。
もっとも金融大恐慌になると、この手形交換所は「不渡り手形」のたまり場になるのだが。
ミルトンが呼び出しをかけた保険業界の指導者たちは飛び抜けた資産家たちで、保険業以外にも、貿易や銀行、石油産業などの経営陣にも名を連ねていた。そして、ミルトン卿とともに、ブリテンの経済的ヘゲモニーブロックのインナーサークルを構成していた。それゆえ、ブリテン財界の指導者、ミルトンの言い分に耳を貸さないわけにはいかない。支配者のなかの支配者としての結束力が試されるときが来たというわけだ。
ことは、単にロンディという1つの企業の破産にとどまるものではなかった。世界経済に君臨するブリテン資本の(金融・貿易の)権力中枢の一角が崩れるかもしれないという事態なのだ。レジームの存廃にかかわる事態だった。
連合指導者の会議は、ロンディへの損害補償金支払いの方針を決定した。
具体的にはこうなる。
何よりもまず、保険業界全体でシンクレアが引き受けている補償金の全額について、有力者たちが手分けして再保険の引き受けをおこなう。そのうえで、シンクレアの個人資産をすべて補償金の担保に充てる。つまり全財産の没収である。不足分を再保険による補償金の分担によってまかなう、というものだ。リスクとコストの分散によって各自が負う負担を最小限度にするという仕組みだ。