ホッブズ氏が原石をそっくり盗み去った手口は、こうだった。
暗証番号で金庫室の扉を一度開けてしまったあとは、原石を清掃用の大きなバッグに詰め込んで、監視カメラに映らないタイミングで金庫から抜け出してまた戻ることが課題だった。というのも、さすがに総重量2トンのダイヤモンドを運び出すには、扉を何度も出入りしなければならなかったからだ。
右足の悪いホッブズ氏にとっては、ストップウォッチを睨みながら、金庫室前の廊下を素早く動き回ることは大変だったが、強固な意志と沈着な動きで乗り切った。
ホッブズ氏は、同じ地下の機械室兼清掃用具室にダイアモンドを運び込んだ。警備員は監視モニターで、ホッブズ氏が清掃用具を積んだカートを押して、地下の廊下を何度か行き来する姿を観ていた。いつもと変わりなかった。というよりも、ホッブズ氏はこれまで意図的に、こういう動きを日々の習慣にしてきたからだ。
さて、すべてのダイアモンドを機械室に運び込んだあと、ホッブズ氏は大きな流しのバケットにダイアモンドを移し、水道の蛇口をいっぱいに開いた。大量の水流がダイアモンドを排水管に押し流していった。
流しの排水口に接続しているのが普通の配管だったら、ダイアモンドは円滑に流れなかっただろう。ところが、配管エンジニアであるホッブズ氏は、普通の配管に替えて、大口径の消防ホースのような――しかも伸縮自在の――メッシュのフレクシブル・パイプを排水口に取り付けておいたのだ。
だから、2トンのダイアモンドは、それほど長くない時間でそっくり、ビルの排水落ち口まで流れ出ていった。そして、流れ出たダイアモンドは、排水抗の落ち口に、平べったい円錐形をなして積み重なった。
この手口でダイアモンド原石盗み出しから3日目の早朝、つまり今、ロンディ・ビルディングの地下の排水抗では、ローラとホッブズ氏が対峙していた。
「でも、残りあとわずかな時間待つだけです。夜が明ければ――緯度が高いロンドンの冬の夜明けは9寺頃から10時過ぎになる――約束の期限です。それまでには1億ポンドが振り込まれているはずです」と、ホッブズ氏は、ローラにいましばらくの忍耐を求めた。
とかくするうちに、刻限が過ぎた。
「約束の時刻が過ぎました。もう、大丈夫ですよ」とホッブズは告げた。
「どうせ、本気で銃を撃つつもりはなかったんでしょう」とローラが尋ねた。
すると、ホッブズ氏は銃口を彼女に向けて引き金を引いた。劇鉄の音だけが響いた。銃には薬莢弾丸が入っていなかった。ローラとしては、ホッブズ氏の言い分にしたがって成り行きを見守ろうとしていたのだろう。
そして、ホッブズ氏はローラの目の前から消え去った。その後、永久に。
解放されたローラは、ロンディ・ビルの排水落ち口まで行って、そこに山と積み重なったダイアモンドを発見した。そして、ただちに経営陣に顛末を報告しに戻った。