そのホッブズ氏の企図を読み解こうとしている者が、ローラとフィンチだった。2人とも、夜昼の区別なく奮闘していた。ローラは、大それた犯罪に加担してしまったことを後悔しながらだった。だから、原石を取り戻してロンディに返還して、何とか示談を勝ち取ろうと考えていた。一方フィンチとしては、成功報酬は損害補償額の5%を獲得するもくろみだった。
ある夕刻、その日の調査を終えて帰宅準備をしていたローラに、フィンチが「いっしょに飲みましょう」と誘った。この誘いは、薹が立っているとはいえ飛び抜けた美貌をもつローラへの好意の現れでもあり、また彼女の知性への敬意の表明でもあり、さらに捜査のための駆け引きでもあった。
酒を酌み交わしながら、フィンチはローラに探りを入れた。
「ねえ、どうやって金庫室からダイアを全部盗み出したんでしょう。そして、どこに隠してあるんででしょう?」
これは、ローラの推理を尋ねる意味もあったが、主要には、ローラも共犯と見立てて、犯行の手口を問い質すためだっただろう。
「わかりません。私は手を染めていません。ですから、答えようがありません」
ローラの返答は、ある意味では事実だった。
ダイア原石全部の強奪については、意図してもいなかったし、盗み出しの作業には一切かかわっていなかった。金庫室扉の暗証番号を調べ出してホッブズ氏に手渡すという形でだけ、つまり役割を限定された従犯として共謀したにすぎない。
そして、ダイアが今どこに隠されているかという疑問への答えは、ローラも今渇望しているものだった。
ボイル氏に交渉を委託した犯人が示したダイア原石の買い戻し期限は明朝に迫っていた。
そこに、フィンチ氏の部下が走り込んで来て、フィンチに緊急情報を伝えた。
「最前、ミルトン卿が発作で倒れて死去した」というものだった。
フィンチとローラはロンディに駆けつけた。
ローラは緊張をほぐすために化粧室に入って顔を洗い、首筋を冷やした。そのとき、耳から外して洗面台に置いたイヤリングが流し口に落ちて流れ出てしまった。男勝りのローラは、洗面台の直下に接続しているS字型排水管の上げ戻し部分を取り外して、宝石を取り戻した。
そのときにダイア原石の隠匿の方法のヒントが閃いた。
ホッブズ氏はその昔、優秀な配管エンジニア(設計士)だったという経歴を思い出した。
口径の大きな排水管に流し込めば、2トンのダイアモンドは容易に流れ出ていく。行きつく先は、下水溝だ。ロンディの建物の排水管の落ち口にダイアは蓄積するはずだ。
ローラは携帯探照灯(電灯)を手にして、路上のマンホールから下水抗に降り立った。そして、方向を探りながら地下の下水口のなかを落ち口まで歩いて向かった。
ところが、落ち口まであと数メートルというところに、拳銃を手にしたホッブズ氏が待ち構えていた。ホッブズ氏はローラに銃を向けながら、排水溝の段差の上に腰かけるように求めた。
仕方なくローラはしたがった。だが、ホッブズ氏を問い詰めた。
「ダイアの隠匿方法は誰にも解明されないと思ったんですがね。でも、聡明なあなたのことだから、ひょっとしたらここにやって来るかとも思いましてね。最後の用心に、待ち構えていました。やはりあなたは、極めつきに賢い方だ」
「何が目的だったの。ミルトンは亡くなったわよ。それが目的だったの?」
「間もなく夜が明けます。約束の期限が来ます。それまでの辛抱です。私の犯行の目的をお話ししましょう」
こう言って、ホッブズは犯行の動機と手口を語り始めた。