ところで、大畜産業者は、移動式または放牧式で育成した輸送・販売する流通経路を連邦規模で組織した。国内では完成したばかりの鉄道網や船舶輸送を利用して、連邦内諸州に大量に運搬するようになった。
こうして大牧場主たちは、広大な土地資産に加えて、製造業と貿易急速に富を蓄えた。その資産を今度は、台頭してきた銀行制度を利用して、国内北東部で成長する製造工業企業に投資した。畜産業のエリート層は、まもなく北東部の大工業資本や大銀行と結びついて、大きな権力をもつ金融資本家集団となっていった。
連邦政府と議会は、一方でこうした大資本の影響力、他方で経済格差によって不満を募らせた一般民衆や小規模企業家層の世論という正反対の方向から圧力を受けていた。1870年代から世紀末にかけて、強大になって市場の寡占支配を進める大企業の景力を掣肘する反トラスト・反カルテル(独占禁止)諸法や、名目上は西部辺境へ入植農民の権利を保護するホームステッド法が成立した。
そんなところに過酷な気候変動がやって来た。とりわけ北西部や高地では寒冷化によって凶作と飢饉が数年間続き、冬季には気温はときに−45℃を下回ることもあり、人間も牧牛も多数が凍死したこともあった。大牧場主たちは危機を経営規模の拡大で乗り切ろうとして、これまで以上に圧迫を加えて零細入植者たちを開拓地から追い払って土地や水利権を独占しようと試みた。
零細農民の住居や畜舎・納屋などに放火したり、暴力的に威嚇したり、当局者をそそのかして拘留したり・・・。大牧場主が雇った「傭兵用心棒」がその手先となった。
気候変動による農業危機は経済危機と連動した。好況に過剰適応した設備投資・経営規模の拡大は需要縮小に直面し、大不況がやって来て持続した。
◆西部辺境での利害紛争◆
ところで、畜牛の群れを集めて誘導しながら港湾や鉄道駅まで連れていくためには、畜産業者は規模の大小を問わず、共同利用の開放地の草を食べさせたり、河川・沼など水を飲ませる必要がある。WSGAは、そういう権利を主張し有無を言わさず行使するために結成されたのだった。
さらにワイオミング州議会は、開放地と水利の利用に参加できる零細畜産農家の数を制限したり、共同利用ができる開放地にいる牛のうち烙印を押してないものがWSGAに帰属するものとする法を制定して、零細農民の排除・追放に手を貸した。
1872年に発足したWSGAが1880年代になると大がかりな武装傭兵団を組織したのは、大がかりに畜牛群を盗む武装集団が横行したためだったようだ。
気候の寒冷化と不作・飢饉による農業恐慌が東部の工業をも含めた経済大不況と連動したため、収入の道を閉ざされ、職にあぶれた多数の人口をもたらしたことが原因だった。苦境に追い込まれた零細農民も加わった武装強盗団は、合衆国北西部諸州を席巻したという。
ワイオミング州やモンタナ州では畜産業団体が武装ガンマンを雇って警備隊を組織し、「牛窃盗団との戦闘」を宣言した。この運動が、従来からの零細農民への圧迫の動きと絡み合ったのは言うまでもない。
WSGAは西海岸の探偵事務所などの捜査員や近隣地域で保安官経験者を牛泥棒の容疑者の捜索・追捕のために雇い入れた。そのなかで有能辣腕で有名だったのが、フランク・M・カントンだ。
また、ジョージ・ヘンダースンという捜査員は、牧畜業のエラ・ワトスンとその夫を近隣の同業者から畜牛を盗んだと告発した。WSGAの傭兵隊が出動して彼女らの捕縛に赴き、夫婦を縛り首のリンチに処したという。縛り首はごく稀な極端な例だが、WSGAによる私刑――鞭打ちや財産没収、追放など――が横行したのは確かだ。
映画に登場するネイサン・チャンピオンは、実際には中規模の牧畜業者だった。彼はWSGAの横暴があまりに酷いということで、中小規模の牧畜業者を結集して「北部ワイオミング農民・畜産者組合」を結成した。畜群の移動のために共益開放地と水利の利用権を確保するためだった。
ところがWSGAは、自分たちが独占していた権益を侵害するライヴァルの出現としてネイサンが始動する運動に脅威を感じたため、ガンマン集団を雇って彼を暗殺しようとした。
だが、暗殺団の接近を察知したネイサンは、彼らを撃退し、殺人未遂の罪科で告訴した。ところが操作と裁判が始まると、ネイサンの反撃から逃げて生き延びていたはずのガンマンは裁判直前に謎の死を遂げた。そのことから、WSGAの謀殺の噂が新聞紙上に報道された。
この襲撃で生き延びたネイサンだったが、まもなく、これまたASGAが差し向けたガンマンたちに襲撃されて殺されることになった。
このように散発的に血なまぐさい事件が断続したものの、映画のように、零細入植農民と傭兵団とが対峙して銃撃戦を演じるというような大がかりな戦闘はなかったという。
とはいえ、19世紀末に北西部辺境で熾烈な階級闘争が展開し、いくつかの小さな謀殺事件や銃撃戦がときおり繰り広げられたのは事実だ。
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