アメリカ合衆国の中央政界でもファシズムと呼べるほど謀略的で抑圧的かつ排他的な政治運動が支配的になった時代があった。この政治運動は多くの市民たちに――あたかもスターリン体制下でのような――相互の監視とでっち上げの密告(誣告)を強要する雰囲気をつくり出した。
マッカーシーイズムあるいは「赤狩り」と呼ばれる政治運動で、一般には「民主主義の砦」とされる連邦議会がこの全体主義的運動を領導していたのだ。
ときは第二次世界戦争直後で、ソ連との敵対関係が深まり冷戦構造が構築されていく時期だった。「共産主義のソ連」に対抗するために、アメリカ自体がソ連のようなレジームになりかけたのだ。アメリカの内部でも言論・思想・表現の自由がとことん抑圧され、進歩派や左派が「共産主義者」のレッテル張りをされて、政界や財界、官界、メディア界から追放されたのだ。
主戦場となったために廃墟となったヨーロッパや日本などのライヴァルが没落し、戦争直後、世界の覇権を握ったアメリカ脱臭国は史上空前の豊かさを体験していた。むしろ自由を謳歌する環境が整っていた。にもかかわらず、アメリカは頑迷で窮屈な政治風土に染まろうとしていた。
表現の自由を求める知識人、民衆の幸福を願う理想家、あるいは貧しい者や弱い立場の者の側に立とうとした真摯な人びとが圧迫と脅迫を受け、息苦しい社会状況になってしまった。
その時代、戦争はテクノロジーの飛躍的進歩を促し、大都市では富が集積し、高度な工業文明・物質文明が開化しようとしていた。しかし、戦間期から戦中・戦後にかけて、社会の経済的資源は大都市の先端工業や軍需産業に集中的に配分される構造ができ上がり、その利権構造をさらに強化しようとする勢力が政財官界で覇権を握っていた。
世界戦争とその直後に出現した冷戦構造は、アイゼンハウワーが《軍産複合体》とと名づけた覇権国家の支配中枢装置がを生み出してしまったがゆえに、《軍産複合体》の指導者たちが、さらに膨張し確立されようとしていたこの権力装置に見合った政治構造とイデオロギー状況をつくり出そうという動きが極端化したのかもしれない。
ところが地方都市では、戦場に送られた若者たちの多くが死傷して街は沈滞し、富が集積した大都市との格差が拡大していた。2001年公開のこの映画作品は、事故で記憶を失って、そんな停滞した地方都市にやって来たインテリ青年の経験を描いている物語だ。青年は街の人びとに溶け込んでいくが、やがて、赤狩りの圧迫を受けているという記憶を取り戻し苦悩することになった。
マッカシー主義が政財官界に吹き荒れた時代のアメリカの社会状況を感動的に描き切った傑作!。
なお、原題は The Majestic 。それ自体の意味は「誇らしい尊厳」「高貴で荘厳なもの」「気品があって威風堂々としている様」で、ここではある地方都市の映画館の名前。語源は majesty で、最大の尊厳や尊敬を込めた語だ。たとえば女王陛下は Her Majesty という言い方になる。
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