困惑のなかにあった若者は、町の人びとの祝意と熱意に心から感動した。そこで、記憶は回復しないものの、町の人びとの復興を願う気持ちに応えようと決心した。
ハリーによれば、マジェスティック映画館はかつて町の繁栄と活気のシンボルだった。
「多くの人びとが、ひとときの別の世界や夢への旅を楽しむために、この劇場に参集したものだよ。そこで、みんなの気持ちが寄り添い合ったんだ。劇場は特別の場所だったんだ。今でテレヴィを観るのとは、まったく違う文化だったんだ」
というのが、ハリーの言い分だった。
つまりは、これからの町の復興と再活性化のシンボルが「マジェスティック」の再開なのではないかというのだ。若者は当面の目標を見出した。
若者はハリーとともに町庁舎に出向いた。
タウンホールの集会室では、コール町長を議長として参観者が5、6名の町議会を行っていた。小さな町なので、たぶん議員報酬は支払われず、選挙で選ばれた議員たちはヴォランティア=無償で町の行政運営を検討しているのだろう。
その分、やたらに規則を設けず、町民は誰でも町議会に参加して質問したり、提案したりできるようだ。
コールは議場に訪れたハリー「親子」に気さくに声をかけた。
町民からルーカスだと認められている若者は、映画館「マジェスティック」を再建・再開する計画を告げ、しかし、修復再建のために十分な資金・資材がないため、庁舎の地階室に眠っている資材のいくつかを無償で寄付してほしい、と申し出た。
この要請はただちに動議として参加者に諮られて全員の賛成を得た。さらに、町民に再建活動に積極的に協力するようにという声明を採択した。
若者が地下室から選び出した物資のなかには、政府から送られた記念銅像があった。それを映画館のすぐ近くのロータリーに設置して、戦争での町の貢献を確認する除幕式をおこなった。
こうして、多くの住民がマジェスティックの修復再建に手を貸すことになった。
色あせて薄汚れた外壁、破れて煤だらけになったスクリーン幕、観覧席の多くは取り外され、列はゆがんでいた。映画館の正面のネオン灯サインは劣化し、映画館名を示す文字のいくつかは剥落していた。
町の人びとは、この映画館を復活させることで町の活力を取り戻せるはずだと考えたか、笑顔で生き生きと働いた。町民共通の目標が見つかったのだ。
やがて、映画館は見違えるように豪華な、マジェスティックの名にふさわしい外観を取り戻した。
いよいよ、映画館再開の日がやって来た。その日の夕方に往年の名画「パリのアメリカ人」が上映されることになった。館内では、「ルーク」とハリー、アイリーンとエメットが開演の打ち合わせをしていた。ティケットや売店の売り物の準備は万全だった。
ハリーは、「ルーク」から受け取ったプレゼントをエメットに贈った。金色の鎖がついた懐中時計で、それはエメットが上映時間を管理するために必要なものだった。
その時計は、「ルーク」が時計屋のスタン老人から、映画館入場1年間無料のフリーパスと引き換えに手に入れたものだった。
映画館の入り口には、開演のかなり前から何十人もの客が列をなして並んでいた。列の先頭には、コール町長夫妻がいた。彼は、再開上映の第一番の入場者になりたかったのだという。
エメットがドアを開けハリーが顔見知りの客たちを迎え入れながら、にこやかに声をかけた。ティケット売り場係は「ルーク」だった。来場客それぞれに笑顔で声をかける、のどかな光景。ゆったりと穏やかに上映前の時間が流れていく。
その日から、毎夜、マジェスティックの観客席は町の人びとで埋め尽くされた。
やがて、「ルーク」を毛嫌いしていたボブもメイベルと連れだって映画館に訪れた。