西海岸の小さな町ローソンは、第2次世界戦争中、政府の要請に応えて百人を超える若者をヨーロッパや太平洋の最前線に送りだした。その数は、人口の小さな町にとっては重い負担だった。そして、そのうち戦死が確定した若者が67人、いまだに行方不明である者が12人――公式記録では戦死者と記録されている――もいる。町の人口は物語では語られないが、おそらく5000をかなり下回るだろう。そのなかで、多くの若者が戦死したことは、町の社会に大きな打撃を与えた。
戦争後、世界全体でのアメリカの覇権が確立し、主戦場となったヨーロッパや日本を戦争の荒廃から復興させるために巨額の資本と製品・技術を輸出して、飛躍的な経済成長を達成していた。国内では自動車やテレヴィが多くの家庭に普及して、史上空前の「豊かな社会が」北アメリカ全体に出現していた。
ところが、ローソンは、町の若者の多くを失ったこともあって沈滞し、合衆国の飛躍からはすっかり取り残されていた。市街地の商店や工房の後継者となって町の経済的成長を担うはずの若者の多数が失われたため、市街地はさびれ荒廃していた。そして、いくつもの商店のショウウィンドウには、戦地に赴いたまま戦死し行方不明になった息子たちの肖像写真が飾られていた。
ルークは、9年半前にヨーロッパ戦線に向けて町を出ていった。ルークはノルマンディ上陸作戦で最も過酷な前線に配置された。彼は冷静沈着で優秀な兵士で、ドイツ軍の激しい反撃で孤立し、大きな打撃を受けた連隊で多数の負傷兵を救出した戦功でシルヴァースター勲章を与えられたという。
けれどもその直後、激しい攻防が展開された戦場で行方不明になった。無数の砲弾が飛び交う戦場で、同じように消息を絶った兵員は何千人にも達したという。
ハリーは、ヨーロッパの最前線の厳しい戦況とともにルーカスの行方不明の情報を受け取ったものの、心の底では息子の帰還を待ち望んでいたのだろう。
ハリーは若者を今では廃墟のように荒れ果てた映画劇場に案内した。その途中、ハリーと若者は町長アーニー・コールと出会った。ハリーはアーニーに「ルークが生還した」と告げた。
コールマン町長もまた息子をヨーロッパ戦線に送り出して失っていた。愛息を失ったことで、内心、失意に打ちのめされていた。だが、戦死したはずの若者の1人、ルーカスが生還したことを知った。それは、町長にとって、闇のなかにともるたった1つの希望の灯に思えた。
コールマンは若者を抱き締めて祝福した。
「ルーク生還」のニュウズは、暗く沈んでいた町中にまたたくまに広がった。多くの人びとが、ハリーと連れの若者に出会うと心から祝福した。それは、まるで人びとが自分自身を励ますための儀式のようになった。
翌日、ハリーは若者を連れてメイベルの軽食堂に出かけた。そこには、コール町長やコールマン保安官、スタン、スタントン医師など、多くの住民が集まってきた。そして、ルークの生還を祝福し、記憶を失ったルークのために、ルークの生い立ちや少年時代の思い出を語り合った。つまり、ルークがどういう若者だったがわかれば、若者が過去の記憶を回復してくれるかもしれないと思ったのだろう。
祝福ムードが漂うなかでコール町長は、スペンサー・ワイアットという若者を食堂に呼んだ。そして、
「クラリネットの用意はいいか。今度の土曜日の夜、ルーク生還の祝賀集会を開催する。バンドの準備をしておいてくれ」と命じた。
スペンサーは、町で雑貨屋を営むワイアット家の長男で、ルークよりも5歳蔵年下の少年だった。ルークを慕っていつも後をついて回っていたという。ルークはその頃、ジャズに心酔して、小遣いを貯め込んでクラリネットを買ったが、スウィングのセンスがいま一つで上達しなかった。それで、クラリネットをスペンサーにプレゼントしたのだ。
ところがスペンサーには才能があったらしく、クラリネットにはまってしまい、将来のジャズミュージシャンを夢見て練習に没頭し、いまでは町一番の音楽家になっている。
だが、誰もがルークの生還を喜んでいるわけではなかった。
メイベルの店で調理師をしているボブ・レファートは、ルークを毛嫌いしていた。子どもの頃から、折り合いが悪かったらしい。しかも、ボブは出兵して生還したものの右手を失ってしまった。そして、その負傷と障害に対して軍と政府はあまり好い対応(リハビリや補償)をしなかったらしい。そのために、ボブは偏屈になっていた。
店の経営者メイベルも愛する夫を戦場に送り出して失っていた。ようやく夫の死の悲しみから立ち直りつつあるメイベルは、まじめに働くボブに好意を抱くようになったが、ボブはメイベルとの距離を置いたままだった。やはり、戦争の経験で深く傷つき、帰還後の生活にも馴染めないままでいたのだろう。