そのトムは、ある日、ある牧場の馬場で並走馬として使われている、小さな体格の馬に目をつけた。少し投げやりな走りと強靭な意志をたたえた目、そして締まった筋肉を感じさせる馬体。跳ねるような走り。トムはボスに、あの馬がいいと告げた。
「あの目つき、見る者に挑むような気性の強さ。なんだ、無礼な。なんで俺を見るんだ、と自己主張している。馬はハート(この場合は、心)で走るんだ」と。
リッジウッドの馬場で走らせてみたところ、飛び跳ねるように左右に蛇行して走る。マーセラは感銘を受けたらしい。
「あの馬、速いけれど、ずいぶん変わった走り方ね。いろんな方向に走り出している(ジグザグ)わね」
「こいつは…まず『普通の馬』に戻さないとな…」。これは、調教師トム・スミスの感想。
なにしろ、シービスキットはすっかりスポイルされて、人間不信に陥り、手のつけられない荒馬になっていた。馬は賢い動物で、態度や目つきから人間の心を正確に読み取ることができるのだ。
厩舎に入れると、周囲の壁や囲いの丸太を蹴飛ばして暴れた。しかし、大食いは相変わらずだった。つまり、それだけ筋肉があって躍動しているということだ。
トムは、長い間の孤独のせいだと考えた。こういうときは、自分よりも小さな生き物を同居人としてみるとおとなしくなる場合が多い。そこで、山羊を厩舎に入れてみた。静かな数秒間が過ぎた。ところが、直後、厩舎の囲いを飛び越えるように山羊は蹴り飛ばされて、追い出された。
策に窮したトムは、自分が治療した葦毛の老馬を入れてみた。体の大きさは、シービスキットの倍近くある。だが、争いは起きなかった。
マーセラが恐る恐る、静かになった馬房をなかを覗いてみると、シービスキットは葦毛といっしょに穏やかに寝ていた。まるで、母馬に甘えるように、葦毛の腹に背中をもたせかけて。
この次のの出会いは、シービスキットの騎手だった。
ある日、トム・スミスは、ある厩舎で1人のユニークな若者を見かけた。若者は、厩務員として馬と対話しながら調教をしていた。けれども、彼の目には強い意思と反抗心が湛えられていた。ハリネズミの刺のように、全身から憤懣と闘争心を発散させていた。
しばらくして、ふたたびその若者を見かけることになった。
若者は、5、6人の同僚の厩務員たちと争っていた。たった1人で、ひるむことなく大勢に挑んでいた。貧しげだが自尊心が強く、孤立に少しもめげない「一匹狼」だった。1人で世の中全体を敵に回しているような、憤りに満ちた目。
トムは、若者の姿をシービスキットの姿に重ねた。似たものどうしを組み合わせてみようと決心した。
というわけで、トムの推薦で、ポラードは、チャールズ・ハウワードの牧場厩舎に厩務員兼騎手として雇われることになった。トムが見込んだ馬と騎手との組み合わせだった。
トムは牧場のなかでシービスキットにポラードを騎乗させてみた。ハウワード夫妻は、名うての暴れ馬に若者を乗せて大丈夫かと心配したが、ポラードは馬の背にまたがるのが嬉しくて心弾ませていた。
だが、先日、シービスキットは騎乗技術を高く評価されていた騎手を1人振り落としていた。その騎手は、「こんなのは馬じゃあない」と吐き捨てた。
「ジョン、思い切り遠乗りをしてみてくれ」と言って、シービスキットの尻を軽く叩いた。走り出した馬は、あっというまに全速力になって、草原を駆け抜け、森林のなかに消えた。ポラードは巧みに馬を操った。
すっかり秋が深まり、美しい紅葉の森に囲まれた広大な牧場を、走る喜びに心躍らせた馬と若者が一体になって走り回った。ポラードは、これほど躍動的な走りをする馬の背にまたがったのははじめただった。ものすごい走力だった。
若者と馬は、自分たちの尊厳を奪うおうとする世の中全体に対する憤懣を発散させるように走った。向こう気の強い者どうしは、どうやら息がぴったり合ったようだ。
馬は賢い動物で、ことに優秀な競走馬ほど、自分の背に乗った者の性格や気質、長所や欠点をすぐに見抜いてしまうという。シービスキットは、仲間と認める騎手を見出したようだ。
牧場を一回りしてきたポラードは、勢い込んで、シービスキットの走りの素晴らしさをハウワード夫妻やトムに伝えた。
だが、奇妙な取り合わせだった。小柄な馬体のシービスキットに、平地レイスの騎手としては長身(172cm)のポラード(がりがりに痩せている)。
そして、ハウワードが結成したティームは変人の集合だった。ポラードはあてがわれた部屋で寝るよりも納屋の2階、干草の上で読書したり眠ったりするのを好んだし、トム・スミスは屋内で眠るよりも野外の草の上で野宿するのが好きだった。