ところが、マッチレイスが目前に迫ったある日、ポラードは大変な災難に見舞われた。
ある馬牧場の経営者がやって来て、ポラードに自分の牧場から連れてきた馬にほんの少しの時間騎乗してほしいと頼み込んだ。その馬を売る宣伝のために、有名な騎手に乗ってもらって箔をつけようというのだった。
その男は、ポラードが少年の日、家族と別れて最初に勤めることになった牧場の主だった。彼は、ポラードの身の上に同情して、何かと面倒を見てくれた。
恩義を感じていたポラードは、気軽に頼みを引き受けた。
ところが、馬に乗ってダートを回っているときに、突然、トラクターのエンジンの爆音が轟いた。馬は恐慌をきたして暴走して、ポラードを振り落とした。だが、ポラードの足は鐙に絡め取られていた。暴走する馬に引きずられたまま、ポラードは地面やら厩舎の柵やらにぶつかり、全身(とりわけ足と脚部)に30か所以上骨折する重傷を負った。多くは複雑骨折で、医者の見立てでは、2度と騎乗はおろか歩行さえもできないだろうということだった。
そのため、ウォアアドミラルとのマッチレイスでシービスキットに騎乗するのは、ポラードが最も信頼する騎手仲間のジョージ・ウールフとなった。ポラードの頼みだった。
ポラードの技能と気性を熟知するウールフは、気が重かった。プレッシャーもあった。レイス直前に、見舞いがてら病院にポラードを訪ねて、レイスの作戦を打ち合わせた。シービスキットの性格と能力を知り尽くしたポラードは、腹を割って、レイス運びを指南した。
シービスキットは、少し劣勢を感じなければ底力(抜群の瞬発力)を見せないので、最終コーナーに入る前にウォアアドミラルと並び、いったんわずかに先行された方が本気で疾走する、と。
トム・スミスは、おそらく最初からリードを保てというに違いないだろうが、並走して競争心を駆り立てた方が、勝てるというのだ。だが、トムも同じ考えだった。バックストレッチで抑えて相手を待ち受け、しばらく並走を続けて、最終コーナーを抜け出す前に一気に飛ばせと指示した。
さて、レイス当日、競馬場にはアメリカ中からファンが押し寄せた。入場者はこれまでの最高記録を破った。満員の観客を前にして、マッチレイスは始まった。
スタート後、息詰まる鍔迫り合い。カーヴに入る前の直線で並ばせ、ウールフはウォアアドミラルをほんのわずかに前に行かせた。しばらく、2頭の並走と抜きつ抜かれつの鍔迫り合いが続いた。だが最終コーナーでウールフはシービスキットに「行け」と命じた。すると、シービスキットは驚くべき瞬発力で追いつき追い越し、さらに2馬身差をつけてゴールに飛び込んだ。
その熱戦を、ポラードは病院のベッドでラディオ中継で聞いていた。
その後、ポラードの長い治療期間を過ごした。