シービスキットにはようやく挑戦する機会が与えられたが、その相手の偉大さにあらためて息をのむことになった。果たして、ウォアアドミラルに勝つ術があるのだろうか。
トムは、勝つには徹頭徹尾先手を取るしかないと判断した。だが、ほかの3人は疑問をぶつけた。
「どうやって?」
「これから訓練するさ。2週間ある」といって、出かけた先は、ボルティモアの消防署。
そこで警報用ベルを譲り受けた。出走の合図に使うベルと同じものらしい。
あの馬に勝つには、スタートから飛び出して終始リードを保つ、そして先行すれば内側のコース取りで走る距離を節約して消耗を抑える。だが、先行されたら抜き返すのは無理だろう、というのがトムの読みだった。
で、そのためには、スタートでの反応を素速くして、馬対の軽さを利用してダッシュをかける。だから、ベルへの反応を速くする訓練が必要だった。
だが、この練習をマスメディアや相手側に知られてはならない。というわけで、練習は真夜中におこなうことになった。
はじめはベルの音と同時に鞭を軽く当ててスタートする練習。ベルの音に慣れるにつれて、鞭の当て方を弱くし、最終的には鞭を空中で振るだけにする。馬は素晴らしい聴覚をもっているので、鞭の音だけで騎手の意思を読み取ることができるからだ。そして、暗闇での衝撃は馬を怯えさせるだけだろうからだ。それにしても、真っ暗闇のなかで馬は戦速力を出せるのか?
だが、コースは真っ暗闇のなか。ポラードは恐れたが、シービスキットは馬。暗闇でも目が利き、正確に走る。ポラードは、あらためて馬の素晴らしさと能力に感動した。
真夜中にトレイニングするので、シービスキットは昼間は馬房で眠り、休息を取っていた。つまり、マスメディアの前では、シービスキットは練習をしていないように見えた。そこで、詰めかけた記者たちはトムに質問した。
「いったい、いつ練習するのかね」
「もちろん、馬が目覚めてからさ」
記者たちはシュラッグし、呆れた。いつまで待っても、練習は始まらないから。
シービスキットは、このところ昼間は相棒の年老いた葦毛の巨体の馬の横で寝ていた。