タンフォランでの試走に気をよくしたチャールズは、カリフォーニア州アーカディアのサンタアニータ競馬場のレイスに出走登録した。
レイス当日、トムはポラードに、前半はシービスキットを押さえて走らせ、後半に強い馬が飛び出すタイミングを逃さずに追走して、カーヴから最後の直線にかけて勝負に出るよう指示した。シービスキットは、馬群のなかでライヴァルを自分で見つけて挑戦するはずだ、と。
そのライヴァルとは、オッズ(賭け率)に40倍の開きがあるシルヴァートゥレジャーで、大きな馬体の葦毛だった。
レイスが始まった。
何と、このレイスにはジョージ・ウールフも加わっていた。スタートボックスでウールフはポラードを見つけて挨拶した。「ずいぶん小さな馬じゃないか」と、からかいように。ポラードの返事は「見てろよ、けつを拝ませてやる」。
スタート後、ポラードはシービスキットをシルヴァートゥレジャーのすぐ後ろにつけた。そのまま最初のコーナーに入っていった。ところが、そこに1頭が2頭のあいだに割り込むようにして飛び出した。ポラードとシービスキットにとっては、明らかな走路妨害だった。
その馬はそのまま先頭に出て平然と走っていった。ポラードはひどい妨害に憤って、作戦をすっかり忘れてしまい、全速力で先頭の馬に追いつき柵に押し付けるように圧迫した。そのまま2頭は、勝負を忘れて意地になって競り合った。
ところが、後半になると、シルヴァートゥレジャーに率いられた馬群がペイスを上げて、飛ばしすぎて疲れた2頭を追い抜いていった。ポラードは惨敗。
レイス後、トムはポラードを厳しく叱責した。
「何で、作戦を守らなかった」
「あれは走路妨害じゃないか。ルール違反だ、許せない」とポラードはぶちまけた。
「だが、それがどうしたというんだ(勝負に徹しろ)」とトム。だが、ポラードはものすごく憤慨していた。
「落ち着け」とハウワード。
規則や約束を破るものに対して、ポラードは異常な怒りを示した。その心情は、ポラードを牧場に残して去り、一度も連絡をくれなかった父親に対する怒り、家族に見捨てられてしまったという悲憤に根を持っているようだ。
だが、ハウワードは、激情に駆られて作戦を無視したポラードをシービスキットの鞍からはずすことはなかった。一度の失敗で信頼を捨てることはなかった。
そして、その後、ポラードは作戦に忠実にしたがって勝ち続けた。
出走後はしばらく馬群集団の後方に位置してよい走りをする馬=ライヴァルを探す。中盤までには、その速い馬の後ろにつく。そして最後のカーヴの入り口あたりからシービスキットはしだいに全速力になって、前方の馬たちを追い抜き、逃げ切る、という作戦だった。ポラードは、すばらしく賢い馬と対話しながら、レイスでの切り換えのタイミングをはかった。
小さな馬にのっぽの騎手。名もない馬はいきなり、西海岸の競馬界で注目を浴びるようになった。マスメディアの記者たちがシービスキットとハウワードの取材に殺到するようになった。
ハウワードは、名もない小さな馬の闘志と奮闘を名もない一般庶民の姿に重ねるという姿勢でアピールすることにした。この作戦は大当たりで、シービスキットは「庶民の競走馬」として、ようやく大不況の苦境のなかから人生の目標を取り戻して生きがいを手にしつつあった民衆の人気を獲得した。
レイスになれば、パドックにも安価な立見席にも多数の勤労者たちが駆けつけてきた。
その後、シービスキットの勢いはとまらず、6連勝する。西海岸での人気は抜群になった。ハウワードの厩舎にはいつも大勢の記者たちが集まった。
気をよくしたハウワードは、馬のサイン会(シービスキットの馬蹄にインクをつけて紙に押し当てて足型サインをする)を催したり、幸運のおまじないとして馬蹄を配ったりした。