補章-4 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

この章の目次

1 国家の属性をめぐって

ⅰ 国家がない時代の政治状態

ⅱ 国家の属性とは何か

ⅲ 国家形成をめぐる競争

ⅳ 世界市場的連関と諸国家体系

2 中世の政治的・軍事的秩序と封建制

ⅰ レーエン制度の実態

ⅱ 王国制度の実態

ⅲ 封建的王国の幻想

例証 ブルゴーニュ公国のレジーム

中世晩期の政治体

イングランド王国の実情

フランス王国の実情

ⅳ 中世の政治的・軍事的秩序

3 世界市場的連関における国家形成の歴史

ⅰ 都市の優越の終焉

ⅱ 多数の諸国家の分立と競争

ⅲ 土地貴族と商業資本との結合

4 考察の時空的範囲

3 世界市場的連関における国家形成の歴史

  すでに見たように、中世晩期のヨーロッパでは、多数の政治体が分立割拠する状態のなかを横断して諸都市を結ぶ交易ネットワークが形成されていった。14~15世紀のヨーロッパには、公領や伯領など有力領主が支配する統治圏域あるいは自立的な都市団体が支配する圏域、つまり政治的ないし軍事的単位としての政治体は、大小とりまぜて500~1000ほどもあった。

ⅰ 都市の優越の終焉

  このように多数の小規模な政治体が分立している状況のなかでは、あれこれの商業資本グループにとっては、個々の領主の権力を上回るだけの力があれば、通商ネットワークの編成は比較的簡単だったとはいえる。個々の局地的な領主権力は、遠距離貿易を組織する商人団体や都市の力に比べて小さかったのだ。
  遠距離交易を組織した有力な諸都市は、北イタリアのように独特の都市国家を形成して、あるいはハンザのように商人諸組織や諸都市の同盟を組織して、交易路に立ちふさがる領主や君侯とわたり合い、税や賦課金などの支払いと引き換えに彼らに通商特許や利権の保護を認めさせた。こうして、遠距離貿易における商業利潤の分配に君侯・領主層を引き込む仕組みができあがった。
  強力な都市や商業資本にとっては、わたり合う君侯・領主の権力や支配圏域が弱小であるほど、自分たちの権力を押し通すためには都合がよかった。ゆえに、近隣の領主・君侯による領域国家の形成をはばんだ。
  しかし、やがて通商ネットワークが広域化するとともに領主間の生き残り紛争が激しくなっていく状況のなかで、ある地方の商業資本は、あまりに分散的な局地的制限をのりこえてほどほどに広大な領土を一括的に支配し、通商特権や商人の結集を軍事的・政治的に支援してくれる強力な政治体(強制権威)の成立を求めるようになった。
  このような商業資本や都市は、従来の貿易競争では後発でかなりの劣位を強いられているところだった。あるいは、王権からの自立よりも王権による保護を求める傾向にあったということだ。他方で、領域国家の形成主体つまり君侯や有力領主層の側でも、生き残り競争のなかでより強靭な統治力能・軍事力を保持するためにより多くの財政収入が不可欠になり、富裕な商人層や都市団体との結びつきが必要となった。
  こうして、王権ないし領域権力と商業資本の権力の相互補完と結合が組織されるようになり、やがてヨーロッパ世界経済と貿易網の形成のありようを左右することになった。
  してみれば、君侯たちによる領域国家の形成はそれ自体として独自の文脈をもって始まったのだが、ヨーロッパ世界経済の生成という大文脈のなかで起きたため、商業資本の世界市場運動と結びつかざるをえなくなったというわけだ。私たちは、この大文脈に沿って分析を試みる。

ⅱ 多数の諸国家の分立と競争

  私たちの見方では、国家とは、一定の地理的範囲で組織された諸階級の制度的凝集状態であり、それはすでに述べたような諸属性を備えている。このような政治体は、支配圏域の内部で資源の集中や分配を組織して、世界的規模での資本蓄積競争での優位(または不利な状況の克服)をめざして、互いに競争し合うことになる。
  こうした仕組みをつうじて、富と権力の蓄積を追求する特定の諸階級(資本家階級や国家統治エリート)の最優位が、さらにその階級内部での特定のセクターの最優位が形成され、その利害が統治装置=国家装置の動きを構造的に制約する。このような凝集と支配がひとまず組織される地理的空間を、私たちは「国民的規模 national scale / Nationalrahmen 」と呼ぶ。その地理空間的なスケールは、ベルギウムやネーデルラントのような小さなものから合州国のように大陸的スケールにおよぶものまできわめて多様である。国家形成が始まった頃には、おしなべて、今日から見てかなり小さな単位だった。いずれにせよ、国民国家とは、域内の統治に関与する諸集団・諸階級が、外部との対抗関係を意識しながら、領土内の社会の〈 nation としての統合・凝集〉を意識的・政策的に追求する国家ということになる。
  以上のことから、近代初期から19世紀までの領域国家や国民国家では、国家財政収入の基盤としては商業資本(貿易と金融の担い手)に依拠しながら、統治(政治と軍事)では地主貴族(領主)の権力・権威に依拠するという二重の権力構造――両エリートは相互に融合しつつあった――になっていた。

  それゆえ、国民あるいは国民国家は、他の国民あるいは国民国家との相対的関係のなかではじめて意味をもつ。つまり、世界経済の複数の諸国家への分割という軍事的・政治的構造のなかではじめて nation は形成され、意味をもってくるのだ。複数の国家の競争的並存と対抗関係という文脈のなかでしか国家は成立・存在しなかったのであり、それゆえまた相互の対抗関係のなかに位置づけることでしか理解されない。つまり、一国的考察では、国民国家の存在構造を把握することはできないということだ。
  このような認識は、「国民国家」というものが、近代世界経済(世界市場)の形成を条件とする存在であることを前提としている。つまり、国民国家は《近代世界システムに特有の歴史的現象》なのである。だが、その形成の歴史は非常に長期――およそ5世紀――にわたっている。
  それは、ヨーロッパ中世の秩序が変容解体され、組み換えられていく過程の帰結なのであった。商品流通と貨幣経済の拡大、とくに遠距離貿易という形での商業の発達は、ヨーロッパ全域で中世的秩序の危機への対応として生じ、またこの危機をさらにある方向に誘導し深化させた。そして、多数の君侯や領主による国家形成(領域支配)への動きを引き起こした。そこで私たちは、商人や都市の権力構造を、諸国家の形成という文脈とかかわらせて考察する。

  ところで、君侯たちの側の戦略的選択肢としては、商業資本との結託をしりぞけ、都市や商人をひたすら財政的収奪の対象として扱うこともできた。だが、多数の君侯たちが領域国家の形成をめざして闘争・競争するという状況のなかでは、一方的な収奪は結局のところ、王権の軍事力・政治力を裏打ちする域内の経済力と財政的基盤の相対的な弱体化を招き、長期的には諸国家体系における権力闘争からの脱落をもたらした。
  君侯権力は、経済をほどほどに収奪しなければ、財政収入は乏しくて諸国家体系のなかでは軍事的単位として生き残ることはできなかった。とはいえ、収奪が度を超すと「金の卵を生むガチョウ」は衰弱し、最終的に国家の財政基盤は掘り崩され、競争相手と張り合っていけるだけの軍事的能力を維持できなくなっていった。そうなると、国家形成競争から脱落することになった。ゆえに、財政収入の基盤としての域内経済の育成に成功しなければ、言い換えれば、域内の経済を統制管理できる商人集団を組織化し強化しなければ、強力な国家に成長できなかった。
  君侯権力(形成途上の国家装置)による支配圏域の内部での経済の育成や保護は、さしあたりは既成の権力関係、既存の諸階級・諸身分の力関係に沿っておこなわれ、それらの関係を変容させたり、固定化したりすることになった。資本蓄積をめぐる社会構造は、それゆえ、このような権力秩序や力関係を素材・土壌として編成され、中央政府の財政収入を調達し配分する仕組みもまた、このような関係を基盤にしてつくりあげられていった。
  すなわち、商人のなかでも君侯権力と最も親密で最有力の特権階級、遠距離貿易・金融商人層の利害に適合させて、政府の財政基盤と産業保護育成の仕組みが形づくられた。ゆえに、国家と結びついた資本の支配は、製造業ないし「産業資本」の優位を導くようには形づくられなかった。産業資本の運動は、その再生産体系を掌握する上部構造=商業資本によって支配されていた。商業資本の支配はまた、こうして君侯権力や王権と癒着し、それらによって保護されていたのだ。
  貿易や金融を営む有力商人たちは、多くの場合、君侯・王権の行政装置の中枢に高位の貴族官僚として入り込んで、政府の政策運営や財政運営を牛耳っていた。そうした事情が、君侯権力・王権と商業資本との同盟や利害融合をもたらしていたのだ。

 前のペイジに戻る | ペイジトップ | 次のペイジに進む

世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体詳細目次 サイトマップ◆

⇒章と節の概要説明を見る

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望