第3章 都市と国家のはざまで
――ネーデルラントの都市と国家形成――
第1節 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱
この節の節の目次
フランデルン伯の都市建設事業として建設され保護育成された商業都市では、早い段階から有力商人層は包括的な統治権力を保有し始めていた。たとえば、領邦君侯としてのフランデルン伯が都市統治のために設置した特別の参審制法廷 Schoffengericht のメンバーは、上層商人家系からリクルートされ、事実上は門閥商人家系の意のままになっていた。彼らは上層市民出身の名望家集団として頭角を現していた。この上層市民を構成したのは、織物商人ないし前貸商人であり、同時に彼らは都市の特権的土地所有者でもあった。とりわけヘントでは、参審人 Schoffe / Schepen の集団が、市政の全権を握る市参事会のメンバーともなっていた。
ただし、伯の代官 Schoud の出席が裁判の開廷の必要な条件だったことから見られるように、伯の権力と都市商人の権力とはいまだ相互制約的で、拮抗していた。伯としては、有力商人層に特権を与えることで彼らに都市形成を主導する役割を期待し、集落の成長を促進しようとした。とはいえ他方で、彼らが伯の支配権をはねつけるほどに強力で閉鎖的な集団となるのを抑えようとしていた。
経済的分野における伯の権力のまとまりを非常にはっきり示したのは、統一的でよく整った貨幣制度であった。また、歴代の伯は、当時としては珍しく、広範な商業・経済政策をその手に握っていた。彼らの政策は、外国人に対して、しばしばフランデルン諸都市が喜ばないほどに寛大であった。このようにしてつくりだされた体制は・・・13世紀の終わりまでは維持された〔cf. Rörig〕。
造幣権は伯の領主高権 Regalien とされていたけれども、造幣の実務は、名目上はフランデルン伯からの委託を受けるという形で、有力商人が担い、管理していた。
そして、領邦君侯としての伯は、富裕商人層と下層諸階級との紛争でときおり動揺する都市の秩序を安定化させるため、都市の統治に介入する機会をうかがっていた。この傾向は、領域国家の形成への動きが進むにつれて強まっていった。
13世紀末までは、フランデルンの大きな諸都市は、貿易の中心地であるよりも、毛織物工業を軸とする製造業の中心地であった。ブルッヘ、ヘント、メクリンなどの毛織物工業都市においては、富裕な商人階級が市参事会を支配する閉鎖的な寡頭制が形成されていた。彼らは、自らの所有物である羊毛を織布工に引き渡して織布を生産させていた〔cf. Rörig〕。毛織物生産は、商人から見ると、彼らの所有権の経済的運動であって、価値増殖の手段だったのだ。
こうした職業=経済活動は、都市領主と都市団体から特定の商人団体だけに認められた排他的な特権となっていた。商人たちは、前貸問屋制をつうじて毛織物の原料供給および販売経路を支配し、生産数量と品質・品目を厳格に管理していて、そのためしばしば織布工諸階級と鋭い利害対立を引き起こしていた。諸都市のなかでは、13世紀中頃から、織布工を主力とする下層住民のストライキと武装蜂起が頻発することになった。やがて都市の紛争は、13世紀の末葉には都市の秩序を掘り崩し、その再編成をめぐって領域的統治機構の形成をめざすフランデルン伯その他の領主階級を戦乱に巻き込み、さらにはパリとイングランドの王権を引き込んでいくことになった。
フランデルンの織布(ラシャ)の品質は高く、北イタリア諸都市でさえ模倣したくらいであった。当時、各地の織布は地方ごとに都市ごとに非常に大きな品質の差異があって、それは生産地名の表示で示されていた。つまり、商品ブランドの出現である。おそらく、消費が権威の表示でもあったこの時代には――情報のコミュニケイションがきわめて希薄だったがゆえに、一度確立・浸透した名声は永続的に商人や購買者の意識を強く拘束したから――、高級品の産地名が入った羊毛衣類などは、かなりの競争力があったに違いない。
当然、後発地域や低級品の生産地は先進地フンランデルンの模造品を生産したようだ。北イタリアの毛織物工房では、フランデルンの生産技術にならった工程・品質管理が行なわれ、やがてヨーロッパ一番の品質とブランドを誇るようになっていく。イングランドも似たようなコースをたどる。ヨーロッパ市場で名声=競争力のある特産商品の生産拠点をつくりだすことは、各地の商人や君侯領主の戦略的利害となっていたのだ。
織布の積出港はブルッヘだった。一方、原料として輸入されたイングランド産羊毛――のちにはエスパーニャ産――もまた、商人と厳格な管理のもとで、ここを通ってフランデルンの織布工たちの工房に運ばれた。やがてブルッヘは、イングランド産羊毛の大陸向け集散地
staple post (固定した交易拠点)となった。イングランド各地から出荷された羊毛は、ブルッヘの市場(商館の倉庫)に集められ、競り売りにかけられ、ここからヨーロッパ各地へと送り出されていった。上質な羊毛銘柄を買い付けるために、ヨーロッパ中から商人が集まってきた。
集積する羊毛や織布との交換のために、商人たちは各地の特産物を持ち寄った。こうして、原毛と羊毛製品を中心にして、多様かつ大量の特産物商品がこの地で出合うことになった。1300年頃には、フランデルンの毛織物製造における独占的地位はいっそう確固たるものになった。こうして、全ヨーロッパの主要商品の集積地、それゆえ、遠距離商業を営む各地の商人の集積地となった。貿易ネットワークがそこで収束・結節する軸心となった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成