第3章 都市と国家のはざまで
――ネーデルラントの都市と国家形成――
第1節 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱
この節の節の目次
こうして、あらゆる地域の商業路線がフランデルン地方の港湾都市ブルッヘに向かって集まってきた。都市の設備も、商業取引きの必要に応じて建設された。取引きのための商業会館や大広場、塔、聖堂、教会建物、倉庫や港湾設備が建設された。それらは、富の集積と権威の誇示のために周到に管理運営された商業=都市構造を示すとともに、威信と体面を重んじた当時の人びとの心性を示していた。ブルッヘでは、上層市民が市域の拡張や公共建築物や防御施設ために提供した財政上の負担は巨額なものだった。ここでもイタリアの銀行家たちの貸し付けが物を言った。
外部から来た商人たちは、それぞれ出身地ごとに割り当てられた区画に集住し、ブルッヘ有力市民の華美で豊かな生活を模倣して、派手な消費をおこなった。フランデルン有力都市の高い物価は、さらに各地から特産物や奢侈品などを、それゆえまた多くの域外商人を引き寄せた。それは世界都市の磁場だといえる。
世界都市の磁場に引き寄せられるのは富裕商人だけではなかった。彼らの下で下積み仕事を担う者たちはもとより、借り店舗や街路で小売りをおこなう零細商人、担い売り、工房で働く職人や未熟練労働者、貧窮層もまた、周囲の農村や小都市から流れ込んだ人口によって構成されていた。
このような都市のヒエラルヒーの底辺には、日々の生産に従事する労働者や下層民衆がいた。毛織物業について言えば、彼らは次のようないくつもの段階からなる生産工程を担っていた。
この生産工程は、遠距離通商によってヨーロッパ的規模でつなぎ合わされた《原料生産=基礎素材加工=半製品加工=仕上げ加工》という一連の生産過程の一環をなしていた。
まず、輸入された羊毛は梱包のまま選別工の手元に行く。選別工は荷解きして、絡み合い固まった羊毛を解きほぐし、屑を除去し結び玉を切り、品質ごとに選別して山をつくる。手作業による選別精度が製品の質を左右するから、この作業は厳しく監督された。選り分けられた羊毛を、次に打毛工がスノコの上に広げてから鞭でたたき、塵埃を落とし、縮んで絡まり合うのを防いだ。続いて、洗毛工が洗浄脱脂し、梳毛工が櫛で梳いて毛足の方向を揃える(やがてブラシングに取って代わられた)。
以上の作業は、織元の仕事場でその手代や都市役人の厳重な監督のもとにおこなわれる。この後の紡糸は、通常、近郊農家(女性たち)の副業としておこなわれる。ここまでが準備工程である。
紡糸された羊毛は、次に織布工の工房で布に織り上げられる。続く縮絨工は、織り目を詰め、表面をフェルト化し、所定の形・寸法に整える。さらに染色工が染めの作業を行なうが、それは明礬を触媒にした黄や赤の染め付けと、何度も染料に漬けては乾燥させる、より高級な青染め付けがあった。この3工程は、独立した工房をもち幾人かの徒弟職人をかかえる親方職人が担っていた。彼らは毛織物生産者のなかではエリートであって、概して独立の気概が強く、相互に利害が対立することもあった。とくに織布工は織元商人に対して、毛織物製造職人を代表して対立することもあった。
仕上げ加工では、伸展や剪毛による平滑化、縁飾りなどの表面加工や付加的・装飾的加工がおこなわれた。この工程は、売れ行きを左右する外形のデザイン性が重視される作業なので、手間賃がよいけれども、織元からの指し図や品質管理の要求がきつかったに違いない。だから、おそらく工房をもたない独立の親方が、徒弟たちを引き連れて織元の仕事場に出向いて作業をおこなったはずだ。
やがて、こうした親方層のなかから才覚を発揮して、富裕階級や貴族層に華麗な意匠を売り込むような商人たちが現れる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成